仕事で力を発揮できないという悩みをお持ちの方はとても多くいらっしゃいます。職場では、結果が伴わなければ自分の責任とされてしまいます。しかし、どうも納得ができない。直感では、自分はもっと仕事ができると感じているからです。それは決して思い込みでもなんでもなく真実です。実は仕事でのパフォーマンス低下背景にはトラウマ(Trauma)が潜んでいる可能性があります。今回は、医師の監修のもと公認心理師が、そのことをまとめてみました。
<作成日2016.9.11/最終更新日2024.5.30>
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この記事の執筆者三木 一太朗(みきいちたろう) 公認心理師 大阪大学卒 大阪大学大学院修士課程修了 20年以上にわたり心理臨床に携わる。様々な悩み、生きづらさの原因となるトラウマ、愛着障害が専門。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』など書籍、テレビ番組への出演、ドラマの制作協力・監修、ウェブメディア、雑誌への掲載、多数。 |
この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
・公認心理師が長年の臨床経験やクライアントの体験を元に(特に愛着やトラウマ臨床の視点から)記述、解説、ポイント提示を行っています。
・管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考にしています。
・可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・仕事で力を発揮できない悩み
・トラウマによるパフォーマンス低下
・トラウマによって仕事がうまくいかなくなる原因、メカニズム
・仕事がうまくいかない、という悩みを克服する8つの方法
→トラウマの症状や原因などについては、下記をご覧ください。
▶「トラウマ(発達性トラウマ)、PTSD/複雑性PTSDとは何か?原因と症状」
トラウマとは、ストレス障害のことを言います。過度または慢性的なストレスを受けることで私たちは心身に不調をきたすことがわかっています。心身に不調をきたすと、当たり前のことでもできなくなったり、緊張や不安を感じるようになります。そうした状態が強くなると、発達障害ととても良く似た状態にもなり、専門家はそれを「第四の発達障害」と呼んでいます。もしかしたら、皆様も、仕事や人間関係がうまくいかないことで「もしかしたら、自分は発達障害かも?」なんて思ってことがあるかもしれません。なんとか改善しようとしてビジネス書や自己啓発書を読んでもうまくいかず、さらなる自己嫌悪に陥ってしまう。そんな悪循環の原因は、実はトラウマにあるかもしれません。世の中では殆ど知られていないトラウマの仕事への影響についてまとめています。
仕事で力を発揮できない悩み
・緊張して、商談やプレゼンなどで失敗してしまう
一番多い悩みはやはり緊張です。別の記事でも書きましたが、「過緊張」といいますが、商談やプレゼンなど人前で過度に緊張してしまって、どうしようもなくなってしまう。
・うまく話ができない
話がうまくまとまらない。変に焦って早口になったり。伝えるべき内容がうまく伝えられない。
・ケアレスミスが多い
簡単なミスをよくしてしまう。いつも注意しているのに、かえってミスをしてしまう。
・同じミスを繰り返してしまう
注意されたことを修正できない。同じミスを繰り返してしまう。
・覚えられない
仕事で伝えられた内容を覚えられない。ちょっとしたことを忘れてしまう。
・頭が働かない。集中できない
頭が十分に使えていない感覚が常にある。落ち着いて考えられず、集中できない。
・スキル、経験が積みあがっていく感じがしない
仕事はいつも流れていくようにこなしているだけで、スキルや経験が自分に蓄積されていく感じがしない。
・うまく断れない
仕事や提案をうまく断ることができません。自分の評価が下がることを懸念したり、自分で判断できずにすべてを受けてしまう。
・仕事をたくさん抱えてしまう
仕事を断れないために、仕事を抱えてしまって、パンクしてしまうことがある。
・人をうまく活用できない
人をうまく活用することができません。チームでうまく働くことや助けてもらうことができない。
・上司や職場の人とうまくいかない
上司や職場の人との関係がうまくいきません。いつも怒られたり、ぎこちない感じがして、スムーズなコミュニケーションが取れない。
・同じ成果や失敗でも、自分だけが怒られる。悪い評価をされてしまう
同僚は同じミスをしたり、同じ程度の成績なのに、自分ばかりが目の敵にされてしまう。
いつも不当に悪い評価をくだされてしまう。
・バカにされてしまう
まわりからはいつもバカにされる。それに対して自分は言い返すことができない。
・仕事に自信が持てない
いつも仕事で自信がない。自分はダメなのではないか、人よりも劣っているのではないか、という感覚が常にある。
以上のような悩みがある場合、背景にはトラウマが疑われます。
トラウマによるパフォーマンス低下
・トラウマとはなにか?
トラウマとは何か?簡単に言えば、トラウマとはストレスの障害であり、冷凍保存された過去の嫌な記憶のことです。脳内で、絶えずトラウマ記憶が上演されたり、その記憶を処理しようと多大な労力が使われたりすることで、パフォーマンスが低下してしまうのです。
・非常事態モード
本人の中では非常事態モードであるために、心の機微を理解したり、丁寧な仕事ができなくなってしまいます。結果として周囲とテンションが合わずに、トラブルを抱えたり、過活動や過緊張からミスを重ねたりするようになります。
・原因がわからず、自分を責めてしまう
ただ、まさか自分の仕事がうまくいかないことがトラウマのせいだとは思いません。また、トラウマの専門家も少なく、そのことを解説してくれる人も身近にいません。そのために、心の中では割り切れない思いを抱えながら、自分を責めたり、受け入れて道化を演じたりする方は多くいらっしゃいます。
自身にトラウマの影響があるかどうか知りたい方は以下のページで簡易にチェックできます。
(参考)→「自己理解のためのトラウマ(発達性トラウマ)チェック」
(参考)発達障害と似た症状が現れる
トラウマを背負っているとパフォーマンスが低下するために、発達障害と似たような症状が引き起こされることが分かっています。本人の中での時間が止まってしまうことも要因です。その状態を「第四の発達障害」「発達性トラウマ障害」と呼ぶ専門家もいます。
本人も「自分は発達障害では?」と誤解してしまっているケースも多いです。
→参考になる記事はこちら
▶「大人の発達障害、アスペルガー症候群とは何か?公認心理師が本質を解説」
▶「「愛着障害(アタッチメント障害)」とは何か?その特徴と症状」
トラウマによって仕事がうまくいかなくなる原因、メカニズム
具体的にどのようなメカニズムで仕事がうまくいかなくなるのかについてまとめてみました。
・過剰な緊張
トラウマによって引き起こされる症状としてもっとも代表的なものは、過剰な緊張(過緊張)です。トラウマとは自分を脅かすような恐怖を与える理不尽な記憶のことです。平穏な日常の中にいても常に自分は危機にあります。そのために、自分では意識していなくても、いつもどこか緊張させられています。自分はおかしい、変な人間だという意識もあります。
特に対人関係では恐れとともに常に相手を気づかい相手に合わせようとしますので緊張します。打ち合わせやプレゼンでも緊張して落ち着いて対応することができなくなってしまいます。
自然と湧き上がる強い緊張であるため、気持ちの持ちようや呼吸法などではおさえることができません。
→参考になる記事はこちら
・トラウマによる脳の過活動
・脳の過活動
トラウマがあると、常に脳が余計に活動しているように感じられます。「活動している」と聞くと、良いことのように思うかもしれませんが、その活動は現在の活動のためではなく、過去の処理されない記憶(トラウマ)のために使われています。
パソコンでいえば、CPUが、処理されずに残った過去のデータのためにずっと過剰に動いているようなものです。現在の活動に使う脳の余裕がなくなってしまいます。
・脳の疲労状態
そのために、集中力が続かなくなったり、ゆっくり落ち着いて考えられなくなります。過活動を起こしていますから、エネルギーを消費しすぎてしまい、脳が疲労状態となり、いざというときに動けなくなります。
体感としては、脳をうまく使えていないような感じがしたり、モヤモヤしている脳が気持ち悪く、冷たい水で丸洗いしたい、といった感覚があります。
・落ち着いて、コツコツと成果を出すことができない
上記の例と重なりますが、短期で終わる、勢いでこなせるような仕事であればエネルギッシュにこなせます(例えば、売り切りの新規営業など)。
しかし、長くコツコツと人と関わりながら行う仕事はうまくいかない傾向があります。おさえていた対人恐怖が顔をのぞかせるようになったり、脳の過活動によって慎重な仕事ができなくなることで、ミスやトラブルが頻発するようになります。やがて評価も下がり、自尊心を保てず、仕事を続けることができなくなることもあります。
・根底に潜む対人恐怖
日常におけるトラウマのほとんどは家族など身近な人からもたらされます。そのために、人に対する基本的な信頼感が十分に与えられていません。人に対してはどこか強い恐怖心があります。過度に敵対的になったり、へりくだったりしてしまうこともあります。
電話をしたり、アポイントをとったりするときも、勇気を振り絞らないと行動することができません。相手と利害を調整したりすることがとても苦手です。これは調整力がない、といった能力の問題ではなく、利害が絡む中で相手が不機嫌になったり、感情的になったりするストレスに耐えられないからです。
時には、こちらの無理を飲ませないといけないこともあるでしょうし、社内を説得する必要も生じるかもしれません。その中で、不満をぶつけられたり、しっせきされたりといったことはとても強いストレスとなって襲いかかってきます。
人を巻き込むことも同様に苦手です。これも、巻き込む能力がないためではなく、対人恐怖によるものです。恐怖心を乗り越えるために、高いテンションを保とうとします(躁的防衛)、そのために相手からは高圧的だと思われたり、何か失礼な人、おかしな人だと思われてしまうことがあります。
本人の中では、直感的には、もっと能力があるのに、力が発揮できるのに、と感じていますが、恐れが邪魔をして結果がついてこないために強い葛藤を抱えることになります。
・見捨てられる不安
対人関係での恐怖が根源となりますが、見捨てられることへの過度の不安があります。特に幼い頃は見捨てられる=死ですから、幼いころに負ったトラウマによって「見捨てられたくない」という強迫的な衝動があり、相手にしがみついたり、怖れたり、自暴自棄になったり、ということがあります。
上司などの評価も過度に意識してしまうことになります。ちょっとでも悪い評価は強い恐れとなって感じられるようになります。
・自分に自信がない~スティグマ感
根拠なく自分に自信がありません。自分の意見が大したことがないと思えたり、間違っていると思えたり、偽物であるように感じたりします。自分は根本的におかしいというスティグマ感を抱いています。
スティグマとは、「らく印」という意味で、トラウマを浴びたものは、自分が根本的に穢れた存在と感じたり、あるいは穢れた存在だから理不尽な出来事が起きたのだ、と感じています。
そのため、自分に自信がなく、足場がぜい弱で人と接したときにすぐに負けてしまいます。反論されると折れてしまいます。折れないようにテンションを高めると、居丈高になったり、空気が読めず意固地になっているように受け取られてしまいます。自分にはしっかりした土台がないように感じられます。
・過剰適応、依頼を断れない。八方美人で自分がない
見捨てられる不安にも関連しますが、相手に絶対に嫌われない方略として、自分をおさえて徹底的に相手に合わせようとします。相手に合わせようとして、相手に気を遣って、気を遣ってへとへとになります。これを過剰適応と言います。
ただ、気を遣いすぎることで、脳がさらに過活動を起こしてしまい、いざというときに動けなくなったり、解離して顔が能面のようになり、感情が表現できず、すばやく行動できずにかえって空気の読めない奴、気の使えない奴という、想定とは逆の評価を下されることがあります。
過剰適応のために、相手の評価をとても気にしてしまいます。また、仕事や誘いをうまく断ることができません。
「仕事を断ったら、やる気がないと思われるのでは?」「嫌われてしまうのでは?」「評価が下がるのでは?」「大切な機会を逃すのでは?」といった恐怖を感じてしまって断ることができません。アポイントなども、忙しいのに無理に受けてしまいます。
トラウマを負っている方の中にも生まれつき対人関係力が高い方や人懐っこい気質の方もいます。職場でも評価されている方もいます。しかし、実は、本当の自分というものはなく、いつも八方美人で、自分の考えを持つことができていません。次第にストレスがたまり、体調を壊して働けなくなってしまう、ということが起きることも珍しくありません。
・ケアレスミスが増える~脳の過活動や過緊張による
常に脳が過活動を起こしているために、落ち着いて継続して作業することが難しくなります。また、人からの評価を過度に意識しすぎてしまいます。そのために、ケアレスミスが頻発してしまうことになります。簡単なことも忘れてしまったり、見逃してしまいます。
ケアレスミスは、トラウマによる一時的なものでその人の能力の欠如を示すものではありませんが、自己嫌悪に陥ったり、自信を失ってしまいます。
・失敗を過度に恐れてしまう~過剰適応や自信のなさ
「相手の評価=自分」というくらいに自分というものがなく、相手に合わせてしまいます。相手の評価を異常に気にして、失敗を過度に恐れるようになります。その恐れから逃れるために、自分を過剰なくらい持ち上げたり、鼓舞したりします。周りとテンションが合わずに、浮いてしまうようになります。
・ミスを修正できない。同じミスを繰り返してしまう~記憶の処理の失調や過緊張
トラウマにさいなまれていると、扁桃体が過活動を起こしていて記憶を適切に処理することができません。そのために、会社で注意されても同じミスを繰り返してしまうこともあります。過緊張も影響しています。頭で分かっていてもどうしても修正することができません。
これも能力のせいではなく、トラウマからくる失調によるものです。
・スキルや経験が積みあがらない~非常事態モード
なぜか、いつも落ち着いて仕事ができず、経験や知識、スキルが身につく感じがありません。仕事をこなすことはできても、経験が積みあがっていく感じがありません。
年次が上がりベテランになっても、自信のある新人の言っていることのほうがなぜか正しいと感じてしまうことがあります。
トラウマというのは、過去の記憶のことですが、いつも危機にある状態となるために、さながら、戦場のジャングルにいるような感覚です。非常事態モードになっているために連続性が欠如し、長い将来にそなえてじっくり仕事をするのではなく、襲ってくるその瞬間の危機を乗り越えて生存を果たしていくために最適なモードになっています。
いつも短期的でその場を乗り越えることはできますが、刹那的であり、知識は頭に入ってこないし、経験が身につく感覚がありません。
・横柄になったり、へりくだりすぎたり~自己や他者イメージのゆがみ
トラウマにさいなまれると自然体の状態をキープすることができません。どこかぎこちなさがあります。そのぎこちなさをカバーするために自分を鼓舞したりして乗り越えます(躁的防衛)。
・自己や他者イメージのゆがみ
さらに、自己愛の発達が一時的に遅れている状態になります。そうすると、万能感が過度に高まった状態になったり、相手の人間を過度に理想化していたりするなど自己や他者イメージのゆがみが起きるようになります。ありのままに人を見ることができません。
自分は何でもできるような過度の自信を感じたり、相手を理想化して怖れたり、自分から見て理想の基準に達しない弱い相手をとにかくこき下ろしたりということが起きます。結果として、相手に対して過度に横柄になったり、へりくだりすぎたり、ということが生じます。
・潔癖で理想主義的
ただ、本人の中では相手に対して失礼な態度を取ろうとか、横柄であろうという気持ちは全くありません。むしろ逆に、過度に潔癖で理想主義的であることがあります。「自分は、あんな汚い大人にはなりたくない。もっと高みを目指したい」といった感覚があります。
しかし、歯車がうまくからまずに、結果的に横柄になったり、へりくだったりすることになるのです。自らが軽蔑している人間そのものとなっていき、自信を失うこともしばしばです。
・”力関係”や感情で成り立つ人間関係のメカニズムがうまく理解できていない。言われっぱなしになったり、バカにされてしまう
・”力関係”で負けてしまう
”力関係”というのはいわゆる仕事での地位や権力関係、あるいは交渉での駆け引きということだけではありません。”力関係”とは、対人関係における精神的な関係性のバランスのことです。
相手から急に意外なことを言われたり、ネガティブなことを言われたときに、頭が真っ白になってしまったり、言葉が返せない、という経験がないでしょうか?それはニュートラルな“力関係”が作る前提の心身のコンディションが整っていないために起きます。
トラウマにさいなまれていると、脳内の伝達物質の不調をきたし、とっさに対応ができなくなってしまうと考えられます。また、頭の中で自分を責めるようなことを考えていても同様にうまく対応することができません。その結果、力関係で負けてしまって、言われっぱなし、バカにされる、なめられる、ということがあります。
・二元論的な人間関係
世の中の人間関係は、二元論的にできています。一つは、「人間はみな分かり合える」「誠実に接すればいい」というような建前の部分。もう一つは、“力関係”や嫉妬や恐れ、反感など、感情によって成り立っているという動物的な、土台の部分です。”力関係”とは地位や権力の上下や駆け引きということだけではなく、1対1での人間関係の関係性のバランスのことであり、そのバランスを支える心身のコンディションのことです。
世の中で人間関係をうまくこなすためには、建前と本質(土台)の両者を兼ねそなえていく必要があります。これは成熟するための発達課題とも言えます。
・トラウマによって人間関係に対処できない
しかし、トラウマにさいなまれていると時間が幼いままで止まっているので、そのことをうまく理解できません。また、脳内のホルモンや血糖のバランスも崩れているために”力関係”でニュートラルとなることができません。力関係でニュートラルになれてこそはじめて建前は実現していくものです。
トラウマにさいなまれていると理想主義的になり、土台部分を抜きにして良い人間になろう、純粋な関係だけを求めようとしまいます。そして、現実の人間関係では”力関係”で負けてしまい、自分ばかりが惨めな思いをしてしまいます。とりわけトラウマを負っていると悪意などのネガティブな感情にとても弱いのです。
・過剰な客観性
世の中は、それぞれの人間の主観と主観の関わり合いという側面があります。 「客観」なるものはどこにもありません。しかし、トラウマにさいなまれていると、現実には存在しない”客観的な視点”に意識が解離してしまい、常に自分や物事を客観的にチェックするようになってしまいます。
そして、客観的な基準から見て自分は偏っていないか、間違っていないかと恐れて自信をもってふるまえなくなってしまいます。そのうち、声の大きな人に負けてしまい、自分は我慢しなければならなくなってしまいます。
・合わない人や職場にこだわってしまう。過剰な義理堅さ
仕事においては合わない人や合わない職場はあります。本来であれば、そうした環境は遠ざけて、自分に合う環境を求めていくことが必要です。しかし、「なんとかして認められよう」「厳しい環境で自分を成長させよう」「逃げてはいけない」あるいは「申し訳ない」として合わない状況に執着してしまいます。
そうした状況では努力は報われることはありません。どれだけ努力しても否定されたり、認められない、ということが起きます。人間観の未熟さから過去の人間関係のイメージを持ち込んでしまうこともあります。
例えば、教師-生徒の関係。上司は教師ではないにもかかわらず、学校の教師のように厳しくも自分を見守ってくれると錯覚して、ブラックな上司の理不尽さと言い訳を真に受けて従い続けるといったことも起きます。そうしてボロボロになってしまい、働く意欲を奪われていきます。
自分に合わないものにこだわってしまうことも、実はトラウマの症状の一つです。過去に受けた理不尽な状況を再現したような環境には特にこだわってしまうのです。
・褒められるとのぼせてしまい、怒られると過度に凹んでしまう
トラウマにさいなまれていると時間が止まるために健全な自己愛の発達の遅れが生じます。自信満々な部分と自信のなさとが同居することがあります。直感的に感じる自己評価は高く、褒められるとのぼせやすい傾向があります。怒られると過度に凹んでしまいます。これは、相手の評価をそのまま自分そのものとしているからです。
相手の評価はあくまで仕事という作業に関わるものにすぎませんが、頭で分かっていても、落ち込みをおさえることができません。
自分のことを本当に理解してくれる物わかりのいい先輩や上司がどこかにいるのでは、というファンタジーを抱いていることがあります。
・最初は良いが、最後にいつも悪い評価を下される
相手の評価に合わせて、できないことも無理に引き受けてしまいます。最初は、エネルギッシュに活動して成果を上げることができます。褒められると天にも昇る気分ですが、過度に広げすぎた風呂敷をたたみ切れず、結局最後にはいつも悪い評価をくだされてしまいます。
特に長丁場で山あり谷ありというようなプロジェクトは苦手です。躁的防衛で鼓舞して、自分の弱点を隠す努力が続かなくなり、息切れして、対人恐怖が襲ってきます。先手を打つべき調整ができなくなり、相手が怒りだしたり、段取りがうまく取れなくなっていきます。
これも、能力のせいではありません。トラウマによって引き起こされたものですが、本人はトラウマのせいとは思えずに苦しみます。
・礼儀やマナーが苦手~非常事態モード
横柄な態度などからどこか礼儀やマナーが欠如しているように相手の受け取られます。しかし、本人の中では実はコンプレックスがあり、過度に礼儀を意識しています。意識しても、うまくそれらが積みあがって身につく感覚がありません。
礼儀とは、愛着形成とともに安心できる環境があって初めて表現できるものです。
本人は、トラウマによって戦場のジャングルをさまよっているような状態です。そのために、礼儀よりも生存を優先した態度になってしまいます。その場を乗り切るコミュニケーションとなってしまい、どこか失礼で、わかっていても改善ができない状態が続きます。
本人にマナーがないわけでも常識がないわけでもありません。非常事態モードで生きているためにうまく表現できないのです。
・自分だけが怒られる。バカにされる~解離と罪悪感などによる精神的な支配
「解離」と言いますが、トラウマの恐怖から逃れるために、感情を切断し、意識を飛ばして、自分を守ろうとします。そうすると、相手と感情のこもったいきいきとしたコミュニケーションができなくなり、表情は能面のようになります。
そのため相手からすると、尊重してもらえていない、バカにされていると思われて、その結果、自分だけが過度に怒られたり、目の敵にされるようになります。
さらにトラウマによって、自信を喪失しています(抑うつポジション)。感情を表現しない、自分をおさえることで、対人関係でのエネルギーをおさえていますから、相手との関係で負けてしまい、相手からマウンティングされるように押さえつけられてしまいます。
バカにされたり、自分ばかりが目の敵にされるようなことが起きます。罪悪感が強いことや、理想が高く、自分を磨いて向上させたい、という意識を利用されて支配的な上司や経営者に精神的に支配されやすくなります。
仕事がうまくいかない、という悩みを克服する8つの方法
1.仕事がうまくいかないのは、自分のせいだと思わない
現在の問題は、自分の人格のせいでも能力がないせいでもありません。トラウマが影響して、自分の言動がおかしくなってしまっているだけです。ですから、自分のせいだと思う必要はありません。自分を責める必要は全くありません。
2.過去の失敗は自分のものではない
事実とは作られるものです。特に、トラウマによってミスが起きやすくさせられていますし、さらにマウンティングされ精神的に支配されている場合はミスとは言えないようなグレーなものまで取り上げて、「ミスだ」と言って指摘されることも起きます。
事実はそうした環境の中で”作られるもの”です。過去の失敗は、自分のものではなく、トラウマティックな環境を反映したものであって、自分のせいでもないし、実力を反映したものではありません。
3.スキルや能力を高めてもうまくいかない
書店にあるようなコミュニケーションの本や、自己啓発に取り組んでも根本的には解決しません。研修を受けたり、知識を身に着けてもうまくいきません。
なぜなら、トラウマによって引き起こされた問題の特徴は「わかっちゃいるけどやめられない」ということだからです。頭ではわかっているのです。でも、恐れや不安がふいに沸いてきて、動けなくなってしまう。思うように行動できなくなってパフォーマンスが低下してしまうのです。
4.人格や性格、能力の問題ではない~社会性過多にさせられている
いま仕事がうまくいかないのは、人格や性格、能力の問題によるものではありません。社会性、協調性がないのでもありません。逆に過剰適応によって社会性過多、協調性過多になっているのです。
自分には常識がない、人格がおかしいと思い込まされて、過剰に社会的、協調的であることを意識させられすぎて身動きが取れなくなってしまっている状態なのです。むしろ、社会に適応しようとすることをおさえ、自分を信頼し、自分の基準を取り戻すことのほうが必要です。
ただ、トラウマにさいなまれている状態で、「自分のペースでいいのだ」と開き直るとどうしても無理やりテンションを上げるような状態になってしまいます。まずはトラウマをある程度解消することが必要です。
5.問題の原因、メカニズムを知る
この記事で紹介したようなメカニズムをご自身でも知ることです。トラウマによって、自分でいることを妨げられているために問題は生じています。そのメカニズムを知るだけでも思いがけない力に巻き込まれることを防ぐことができます。
6.ニュートラルな”力関係”を作るためのコンディションを整える
仕事におけるより良い人間関係を作るためには、ニュートラルな関係性を築く必要があります。仕事ではさまざまなストレスや、プレッシャーがかかります。そうした中で、心身のコンディションが整っていないと、とっさのことにうまく対応できません。
特に、いつも自分を責めていたり、生体的にもトラウマによってホルモンのバランスや脳内のエネルギーが低下していると、相手にやり込められて不快な思いをさせられてしまいます。ニュートラルな”力関係”を実現するためには、心身を強かに整える必要があります。
その方法の一つとして、脳の機能を低下させる大きな原因となるトラウマを解消する必要があります。
7.自分に合う人や環境を選択する
私たちにとって大切なことは、自分に合う人や環境を求めて選択していくことです。トラウマを負っていると、どうしても、自分に合わない人にこだわってしまいます。
しかし、それらは本心ではないことが多いです。過去に受けた理不尽な環境を再現しているだけなのです。厳しい上司や会社は、本当はあなたのことなどは考えてくれていないかもしれません。自分に合わない環境にこだわることはトラウマによる症状です。そこから抜け出すことが大切です。環境によって人間は大きく変わります。今の状況に縛られずに、自分に合う人や環境を選択しましょう。
8.トラウマを解消する
今まさに苦しんでいるのでしたら、トラウマケアを受けてトラウマを解消することが必要です。トラウマの解消については、よろしければこちらを参考にしてください。
→トラウマについてくわしくはこちらをご覧ください。
▶「トラウマ(発達性トラウマ)、PTSD/複雑性PTSDとは何か?原因と症状」
※サイト内のコンテンツを転載などでご利用の際はお手数ですが出典元として当サイト名の記載、あるいはリンクをお願い致します。
(参考・出典)
バベット ロスチャイルド「これだけは知っておきたいPTSDとトラウマの基礎知識」(創元社)
みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)
飛鳥井 望「PTSDとトラウマのすべてがわかる本」(講談社)
大嶋信頼「それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?」(青山ライフ出版)
「季刊 ビィ 2015年9月号」(アスク・ヒューマン・ケア)
白川美也子「赤ずきんとオオカミのトラウマケア」(アスク・ヒューマン・ケア)
ベッセル・ヴァン・デア・コーク「身体はトラウマを記録する」(紀伊國屋書店)
ブルース・マキューアン&エリザベス・ノートン・ラズリー「ストレスに負けない脳」(早川書房)
ロバート・M・ サポルスキー「なぜシマウマは胃潰瘍にならないか」(シュプリンガー・フェアラーク東京 )
ステファン・W・ポージェス 「ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」」(春秋社)
ジョン J. レイティ「脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方」(NHK出版)
ドナ・ジャクソン・ナカザワ「小児期トラウマがもたらす病」(パンローリング出版)
ナディン・バーク・ハリス「小児期トラウマと闘うツール――進化・浸透するACE対策」(パンローリング出版)
川野 雅資「トラウマ・インフォームドケア」(精神看護出版)
野坂 祐子「トラウマインフォームドケア :“問題行動"を捉えなおす援助の視点」(日本評論社)
「精神療法 第45巻3号 複雑性PTSDの臨床」(金剛出版)
など