さまざまな悩みの原因となる「トラウマ(Trauma)」。例えば、うつ、不安といったことでも、少なくないケースがトラウマに起因することがわかっています。トラウマについて理解することは、悩み解決にとって必須です。医師の監修のもと公認心理師が、トラウマ(発達性トラウマ)、PTSD/複雑性PTSDとは何か、についてわかりやすくまとめてみました。ご覧ください。
<作成日2015.11.23/最終更新日2024.6.7>
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この記事の執筆者三木 一太朗(みきいちたろう) 公認心理師 大阪大学卒 大阪大学大学院修士課程修了 20年以上にわたり心理臨床に携わる。様々な悩み、生きづらさの原因となるトラウマ、愛着障害が専門。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』など書籍、テレビ番組への出演、ドラマの制作協力・監修、ウェブメディア、雑誌への掲載、多数。 |
この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
・公認心理師が長年の臨床経験やクライアントの体験を元に(特に愛着やトラウマ臨床の視点から)記述、解説、ポイント提示を行っています。
・管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考にしています。
・可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・トラウマとはなにか?
・(参考)発達性トラウマとはなにか?
・(参考)発達性トラウマ障害とはなにか?
・トラウマ(PTSD/複雑性PTSD)の診断基準
・なにがトラウマ体験(原因)となるのか?
・トラウマにより生じる主な症状
・トラウマを治す、克服する
→トラウマについて関連する記事は、下記をご覧ください。
▶「災害時(地震、台風、事故など)のPTSD・トラウマ、ストレスと心のケア」
▶「トラウマ、PTSD(複雑性PTSD/発達性トラウマ)の克服、治し方」
トラウマとはなにか?
ストレス障害~日常に存在し、私たちにとって身近なもの
「トラウマ」というと、どこか劇的で自分からは縁遠いもの、という印象を与えてしまうかもしれません。しかし、トラウマというのは、簡単に言えば「ストレス障害」のことを指します。スペクトラムをなしていて、軽度であれば日常の私たちは誰でも経験しています。中程度以上になると、「適応障害(適応反応症)(ストレス障害)」となり、重度のものを「急性ストレス障害」「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」「複雑性PTSD」や「解離性障害」などと診断されます。あるクリニックでは、来所する9割はストレス障害であるとされます。それほど身近な症状です。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
人間も含む動物は、ストレス応答のいき値を超える(脆弱性の変数を満たす)ストレスを受けると、自律神経系、免疫系、内分泌系に失調をきたします。そして、情動、覚醒水準、認知、身体、記憶、などの領域に影響を及ぼし、さまざまな症状、生きづらさを引き起こします。
下記にくわしく書きますが、災害、レイプなど一時に非常に強いストレスを受けるものを「単回性(トラウマ)」、長期にわたってじわじわとストレスを受け続けるものを「複雑性(トラウマ)」とよびます。
人間のストレス応答系(自律神経系、免疫系、内分泌系)は、長期のストレスに対処するようには作られていないとされます。そのため、一見、緩やかに見えるストレスであっても長期にわたった場合はPTSDと変わらないような重度の機能障害を起こすことも珍しくありません。
トラウマのもう一つの特徴~ハラスメント
ストレス障害とあわせて、トラウマを理解する上でもう一つ大切なことは、「トラウマとは、ハラスメントである」との捉え方をすることです。トラウマによって長く苦しむケースでは必ずとよいほどハラスメントの影響が見られます。
ハラスメントに関する研究は、アメリカの人類学者グレゴリ・ベイトソン(Gregory Bateson)が発見した「ダブル・バインド」という概念が端緒となります。ダブル・バインドは「二重拘束」と訳されますが、矛盾するメッセージが同時に寄せられた結果、人間の自由な精神活動が妨げられる現象を指します。
ベイトソンはこれを精神障害の原因としました。例えば、親子間や、パートナー間、上司部下の間で、自己都合や不全感から行っている言動にもっともらしい理屈をつけて相手に従わせることなどがそれにあたります(偽ルール)。
無意識や身体は相手の理不尽を感じ取っているのに、意識ではもっともな理屈を付けられるために従わされてしまうのです。ハラスメントとは簡単に言えばこれが繰り返されることです。被害者は徐々に自分の感覚を信じることができなくなり、社会からも切り離され相手に支配されてしまうのです。
事故、災害、戦争といった惨事やレイプなどいわゆる単回性のトラウマでも長く苦しむケースでは必ずと言っていいほどハラスメント(社会的なサポートの不足やセカンドハラスメントなど)の影響が見られます。ハラスメントとは、心理面におけるトラウマの大きな特徴をなしています。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
トラウマの中核は”自己の喪失”~トラウマは ”自分らしくあること” を奪い、生きづらさを生む
トラウマによる影響の中核は”自己の喪失(自分が奪われること、失われること)“です。トラウマは、自分らしくあることを奪い、自分が自分のものであるという根本的な感覚が失われてしまうのです。特に発達性トラウマなど慢性的なトラウマではそうした感覚が顕著です。自分が失われる原因はいくつかあります。愛着不安(養育者との関係が不安定)によるもの、機能不全家族によって家族の役割を代替することで自分が失われるケース(ヤングケアラーなどはまさにそうです)、脳(内受容感覚)の失調によるもの、対人関係の障害によって他者との関係から定まるはずの自己がなくなってしまう、等が挙げられています。
・”ログインしていないスマートフォン”
トラウマを負った人の多くは自ら逆境をサバイバルし、行動力があり、活発にいろいろなことに取り組んでいるために、まさか自分がない、などとは思いもしません。しかし、物理的には動くけれども、自分のIDではログインしていない。自分の身体はあるし、行動はしているけれど、そこに自分がない、自分のものではない。本当の意味で自分によって動いていないし、自分で経験していない。そのために、何かを経験しても積み上がる感覚がない。自分の身になる感覚がないのです。そんな自己が喪失された状態を「電気屋にある見本の、ログインしていないスマートフォンのようだ」と表現されます。トラウマが重いケースではこうしたことが顕著に現れます。トラウマによって生じるさまざまな症状も自己喪失の結果、心身を統御できずに生じているとも考えられるのです。
記憶の失調という現象~時間を止める「冷凍保存された記憶」
トラウマ(Trauma)について理解する際にもう一つの視点は、記憶の失調として理解することです。
通常の記憶は、扁桃体で感情的な重み付けをされて、海馬で整理されて、格納されていきます。しかし、あまりにもストレスの程度が高い出来事は、扁桃体が過剰に反応しすぎてしまい、海馬で処理ができず、記憶が断片化して意識下に残ってしまいます。「冷凍保存された記憶」とたとえられます。
この「処理されなかった(できなかった)記憶」が”トラウマ”という現象を引き起こすと考えられています。あたかもタイムマシンのように物理的な時間は経過していても、トラウマの記憶は常にフレッシュなままで本人は常に過去に生きているような状態です。
トラウマには大きく2種類存在する(単回性/複雑性)
トラウマには、
1.単回性トラウマ:事件・事故、災害、レイプなど単発の大きなストレス
2.慢性反復性トラウマ(複雑性トラウマ):不適切な養育、機能不全家族、いじめ、ハラスメントなど繰り返し長期に渡るストレス※
という分類があります。
※家庭、学校、職場内の緊張などささいなことでも長期で継続されればトラウマとなりえます。
単回性トラウマももちろん問題ですが、本人が自覚していないのですが複雑性トラウマを負っているケースはとても多いです。悩みを抱えている方のほとんどのケースで何らかのトラウマを負っているととらえても過言ではありません。アメリカの精神科医ジュディス・ハーマンが、従来のPTSD概念では説明できない、長期にわたって受けるトラウマを「複雑性PTSD(Complex PTSD)」として捉えることを提唱し、2018年に世界保健機関(WHO)の国際疾病分類に正式に採用されました。
(参考)発達性トラウマとはなにか?
「発達性トラウマ(Developmental trauma)」とは、発達過程で負ったトラウマということです。主として子ども時代のトラウマのことをいいます。ただ、実際にその対象となる時期をどのように捉えるかは臨床においては幅をもってとらえられます。出来事としては具体的には不適切な養育、いじめ、機能不全家族の影響などさまざまなものが挙げられます。
(参考)発達性トラウマ障害とはなにか?
「発達性トラウマ“障害”(Developmental Trauma Disorder)」とは、子どもが複雑性のトラウマを負った場合に呈する広範な症状が適切に診断されるように提起されたものです。発達性トラウマ(発達過程でのトラウマ)により生じ、ADHDのような症状や行動障害、解離など様々な状態を経て最終的に複雑性PTSDを呈することをいいます。まだ正式な診断基準としては採用されていません。発達性トラウマ(発達過程でのトラウマの意)と重なりややこしいのですが、「発達性トラウマ“障害”」は基本的に不適切な養育を受けるなどした子どもの病像を捉えるための診断基準案です。
トラウマ(PTSD/複雑性PTSD)の診断基準
トラウマの診断基準をまとめてみました。
・PTSDの診断基準
・極度の脅威や恐怖を伴い、逃れることが困難あるいは不可能な体験に、単発もしくは反復的に、長期的にさらされたことがあり、
(災害、戦争、暴力、拷問、虐待、レイプなどさまざまであるが、内容は限定されない)
下記の3症状が数週間続く場合(米国精神医学会の基準ではPTSDは1ヶ月以上。1カ月未満の場合は「急性ストレス障害/急性ストレス症(ASD)」と診断されます)
1.再体験:トラウマとなった出来事の再体験(フラッシュバック、悪夢など)
トラウマ的な出来事が繰り返しよみがえり、体験されることです。再体験は軽度から重度までさまざまです。
その際は、通常の記憶がよみがえるのとは性質が異なり、「侵入的に(無理やり押し入ってくるように)」、五感を通じてありありと体験されます。時間を経た過去のものとして体験されるのではなく、今まさに起きているように体験されます。今まさにそれが起きているように体験されることを「フラッシュバック」といい、睡眠中のものを「悪夢」といい、思考において起きると「侵入症状」と呼ばれます。悪夢や夜驚や、遊びの中でトラウマ体験を再現するようなことも含まれます。※フラッシュバックには程度、内容などさまざまな現れ方があります。
2.回避:トラウマとなった出来事を回避する
トラウマを想起させるような出来事や人を避けようとします。回避にも様々な程度があり、明確に避ける場合もあれば、億劫さや嫌な気持ちという形で現れることもあります。仕事や学校、住居を変えたり、ということもあります。
3.脅威の感覚:現在でも脅威が存在するという感覚
現在でも、自分を脅かす物や人が身近に存在する、不意に脅かされるような感覚があります。意識していなくても、過緊張や、身体のこわばり、疲労という形で現れたり、危機を避けるために過剰に周囲に合わせる(過剰適応)というかたちで現れる、過覚醒、睡眠障害となって現れる、対人恐怖、社会恐怖などさまざまな表出の仕方があります。
参考:米国精神医学会 DSM-5-TR(医学書院)では、診断基準として上記に「気分の落ち込み、否定的な信念(陰性変化)」が加わります。
・複雑性PTSDの診断基準
上記のPTSDの診断基準(1,2,3)にプラスして下記の3つがある場合に「複雑性PTSD」と診断されます。※臨床的には、必ずしも3つすべてではなくても良いと解釈できます。PTSDの3症状に加えて複雑性PTSDの特徴となる3症状ということで「3+3」と表現されます。
4.感情調節の問題
感情が強く現れたり、爆発したり、自己破壊的な行動となって現れたり、反対に感情が解離や麻痺、特にポジティブな感覚がわからないといった形で現れます。
5.自己への無価値感、自己否定感
自分はとるに足らない、価値がないと言った感覚や、恥、罪悪感、挫折感など
6.対人関係の問題
対人関係をつくること困難、親密になることを避けたり、交流の場を避ける/軽蔑する、対人関係ができても維持することが難しい、急に恥や恐怖や怒りが湧いてきてリセットしたくなる、など様々な形で現れます。
自身にトラウマの影響があるかどうか知りたい方は以下のページで簡易にチェックできます。
(参考)→「自己理解のためのトラウマ(発達性トラウマ)チェック」
なにがトラウマ体験(原因)となるのか?
・ストレス応答系のいき値を超える(脆弱性の変数を満たす)経験がトラウマ
かつてはトラウマ体験とは鉄道事故や戦争など惨事やレイプや虐待などを指しました。米国精神医学会の診断マニュアル(米国精神医学会 DSM-5-TR(医学書院))でも、「危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への暴露(直接体験、目撃、伝聞)」とされていますが、実際は何気ない出来事であっても、環境の条件などによって本人のストレス応答系のいき値を超える(脆弱性の変数を満たす)ような場合、長期にわたる場合はトラウマ経験となります。
ストレス(出来事) + 当人の感受性(レジリエンス)+ 環境(脆弱性の変数) = トラウマ
という図式で理解されます。
・トラウマ体験とは何か?~夫婦げんか、機能不全家族など日常にあるストレスこそ原因となる
かつては罵り合うような夫婦げんかなどは問題とはとらえられていませんでしたが、現在では「面前DV」と呼ばれ、公式に虐待と認定されるようになりました。ある研究では「DVの目撃と暴言による虐待」の組み合わせがもっとも深刻なダメージをもたらすとされ、身体的虐待やネグレクトよりも強烈なインパクトがあるとされます。
上記以外にも、機能不全家族、いじめ、ハラスメント、適切なコミュニケーションがなされない、など日常にある慢性的なストレスこそがトラウマの大きな原因となるのです。ストレス研究の知見からも長く見通しの持てないストレスはストレス障害を生むことが分かっており、ささいなことでも長期にわたるストレスはトラウマとなりえます。
(参考)トラウマとは特定(単発)の出来事のことではない
カウンセリングでは「私のトラウマは何でしょうか?」と尋ねられることがありますが、これはよくある誤解の一つです。基本的にトラウマとは特定の出来事のことではありません。トラウマとは、上記でも書きましたように「ストレス障害」を引き起こす環境や体験全般のことです。また、悩みとは常に複数要因で成り立っています。臨床でも、単発の出来事だけがトラウマの原因というケースは実はほとんどありません。
トラウマにより生じる主な症状
・過緊張~自分らしく落ち着いてふるまうことができない
トラウマを負った場合に生じるもっとも身近な症状が「過緊張」です。緊張する場面ではないところでもなぜか過剰に緊張してしまうのです。頭で緊張を抑えようとしてもコントロールすることはできません。反対に、緊張しないでいようとすればするほど緊張は高まってしまいます。そのため、いつも緊張し、相手に合わせ、落ち着かない、リラックスできなくなります。内面はいつもヘトヘトで、疲れ切っています。興奮が取れずに寝付けないこともあります。トラウマは自分らしくいることを妨げます。
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・過剰適応
過剰適応とは、簡単に言えば、「他人に気を遣いすぎてしまう、周りに合わせすぎてしまう」ということです。トラウマを負った人は、いろいろなことを先回りして考えることが当たり前になっています。相手の感情や考えを過度に忖度してしまう。相手の雰囲気やちょっとした表情を読み取って、相手が怒らないか、気分を害さないか、と考えてしまうのです。多くの人が集まるような場面であれば、いろいろな段取りに過度に気を回したり、お世話しようとします。
・見捨てられ不安
安心安全感、基本的信頼感の欠如や自信のなさなどによって引き起こされる症状が「見捨てられる不安」です。自分の土台となる戻るべき場所、安全基地がないために、眼の前の人間関係を維持できるか否かと自分の存在とが強く結びついてしまうのです。相手からの評価、相手に認められることが自分の存立とイコールになっている感覚があります。
そのため、自分の言動を後で過度に反省したり、自分を責めたり、不安になったりします。本来であれば付き合うべきではない相手との関係が切れないこともよく起こります。頭では別れても大丈夫とわかっていても、なぜか不安になり相手にこだわってしまいます。
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・フラッシュバック
トラウマ的な出来事が繰り返しよみがえり、体験されることです。トラウマとなった出来事を思い出したり、ぐるぐる頭を回ったり、恥や自責、罪悪感という感覚が沸き起こったり、パニック障害という形で表出することもあります。フラッシュバックに伴い直近の出来事の記憶が変わったり(例えば他人に笑われた、ひどいことを言われた、というような形で)ということが起きることもあります。猛烈に恥の感情が襲ってきていても立ってもいられなくなる「恥のフラッシュバック」や自分を責めたくなる「自責のフラッシュバック」ということもよく見られます。例えば、過去の失敗が思い出されて、「うわー」と声が出そうになったり、ついつい顔を覆いたくなる、独り言を発してしまう、といったことは身近に起きるフラッシュバックの症状です。自傷行為(リストカットや壁に頭を打ち付けたり)したくなるというのも、フラッシュバックへのある種の対抗手段として行っているという面もあります。
・安心安全感、基本的信頼感の欠如
トラウマとは、過去に受けたストレスを消化できておらず、危機がすぐ隣にある状態です。そのため、この世界が安心安全である、信頼に足るものであるという感覚が希薄で、常に何かに備えていなければなりません。頭では安心安全とわかっていても身体的なレベル、無意識的なレベルではそう思えないのです。その場合、本人も根底にある安心安全感、基本的信頼感の欠如に気がつけていないこともあります。単に、自分が性格的にビビリだ、人が怖いのだ、と感じたり、自分をイライラさせる相手が悪い、と思っていたりするのです。安心安全感の欠如は、世界観の歪み、否定的な認知にもつながります。
・対人恐怖、社会恐怖
トラウマを負うと人や社会が怖く、安心して付き合うことができません。怖い対象としては、過去に理不尽な目にあった人や状況と似たものに対してということもありますし、全般的に人や社会が怖いということもあります。
・他人と自然に付き合えない、一体感が得られない
トラウマを負うと、対人関係をうまく築くことができなくなります。対人関係の障害は、すでにご紹介した過緊張や過剰適応、見捨てられる不安、対人恐怖、そして自己喪失など様々な要素が総合して形成されます。詳しくは下記の記事をご覧ください。
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・感覚過敏、感覚鈍麻
トラウマの影響によって、感覚が過敏になることがあります。光や音が苦手、風やシャワーが肌に刺さるようで痛い。特定の匂いが苦手。身体に触れられるのが苦痛で仕方がない。また、人がそばにいることが耐えられない、というようなことが起こります。近年、HSP(敏感すぎる人)といった概念で捉えられているケースの中には、トラウマ由来のものも含まれていることが考えられます。反対に、トラウマ記憶によってもたらされる苦痛を感じることを避けるために、感覚が鈍く、膜を隔てたような症状、感情を切り離したり、無感覚が見られることがあります。前項までにお伝えした離人感や解離症状の影響もあります。人とのやり取りについてもワンテンポ遅れるような感じでとっさに反応できないなどがあります。
・自分の感情がわからない、うまく表現できない、感情への嫌悪
トラウマの影響として、自分の感情がよくわからなくなる、感情表出がうまくいかなくなることがあります。感情と表情、態度がうまくつながらなくなるのです。自分の意見を言う場合もまず「普通はどうなのか?」「他の人はどう感じるか?」ということを反射的に考えてしまいます。他人の考えを忖度することが無意識に行われます。自分が何が好きか嫌いか、を判断することも苦手です。過去に素直な感情を出すことを揶揄されたり、制限されたりといった経験や加害強迫などの影響から、例えば怒るべき状況で怒れない、怒りたくても怒れない、という事もよく見られます。自分が感情的であることを嫌悪してしまうのです。
また、自分の考えていることと、相手に伝わることが違うということも生じます。何かを言おうとしても、ぜんぜん違う言葉が出てきて驚くなんてことも生じます。まさに、”壊れたロボット”に乗っているように外がどうなっているかが見えないような状態と感じられることもあります。
・解離、離人感、現実感のなさ
解離というのは、自我の統合が薄れることです。離人感、現実感の喪失、健忘などが挙げられます。「自分が自分ではない感じがする」「常に自分を外から見ているような感じがする」「自分と世界の間に薄い膜があるような感じ」「世界が作り物に見えることがある」という感覚にさいなまれるケースは珍しくありません。解離がひどい場合は、多重人格(解離性同一性障害)や、ヒステリー(転換性障害)といったことにもつながります。
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・過覚醒(覚醒こう進)
常に脳や交感神経が動いていて落ち着かず、リラックスや自然体がわからなくなります。焦燥感が強く、落ち着いて物事に取り組めません。その結果、仕事でも勉強でもコツコツ取り組むことができなくなります。「脳を取り出して冷水で洗いたい」と感じることもあります。常に気持ちが張り詰め心に余裕がないので、イライラしたり、他動といった問題も生じます。集中の困難さとは、集中力がないのではなく注意や刺激の過多によって1点手中できないことから生じています。これが強くなると、ADHDと似た症状となることがあります。夜も緊張が下がらずなかなか眠ることができません。不眠症になったり、眠りが浅くなることもあります。
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▶「不眠症・睡眠障害の原因と診断~6つの視点からチェックする」
・否定的認知や気分、ねじれた世界観
否定的認知や気分とは自分や他者、社会に対してネガティブな認識や気分を持つようになることです。例えば、自分は価値がないと思ったり、過度に自分を責めたり、強い罪や恥の感覚、他人を恨んだり、社会を危険な世界ととらえたり、うつ状態、などが見られます。
ねじれた世界観とは、例えば、理不尽な目にあったら「この理不尽さに耐えてこそ、成長できる」「嫌でも、逃げてはいけない」「自分が罪深い人間だから虐待に遭ったのだ」「自分はこの世に望まれて存在していない」あるいは、「理不尽な人ほど、本当は良い人で愛情がある」とねじれて考えてしまうのです。相手が喜んでいても「本当は怒っている」というように考えることもあります。理不尽な目に合わせてきた人(加害者)が自らの行為を正当化するために付けた「お前が悪い子だからだ」「愛情のためだ」といったねじれた理屈も強く影響しています。
・“無限”の世界観
健康な世界は有限の循環で成り立っています。しかし、トラウマの世界はその反対です。世界が更新されない“無限”のものと捉えていることが特徴です。例えば、“無限”に義理堅く、“無限”に責任感や罪悪感を持ちます。人間関係においては別れを極端に避けようとすることもあります。他者の問題を自分の責任であるかのように感じます。見捨てられ不安も相まって“無限”に関係を維持しようとします。また、疲れを知らないかのように過剰に努力をしたり、身体を壊すほど一生懸命働いたりもします。トラウマ、不全感を原因として起きる依存症、摂食障害もまさに飽きることのない“無限”の世界です。
・自他の区別のあいまいさ
トラウマの結果として自分と他人の区別が曖昧になることがあります。愛着不安や他者の理不尽による自分の領域への侵害の経験などから他者との距離や責任の範囲がよくわかりらなくなります。過剰適応の影響もあり他者の感情や役割まで自分の責任として捉えてしまいます。過剰に先読みして相手の領域にまで関わることが当たり前になっています。自他の区別を持つことがとても冷たく悪いことのように感じてしまいます。カウンセラーに指摘されるまで自他の区別の曖昧さに気がつけないこともよくあります。
・自信のなさ、スティグマ感
いつもなぜか自信がありません。自分には根本的に何か問題があり、おかしい、罪深い、自分が間違っている、という感覚を持っています。仕事や学業で成功しても考え方をポジティブにしても自信のなさは変わることがありません。スティグマ感(らく印、けがれ)といいますが、自分には一生取れないらく印を押されているように感じています。トラウマのようなひどい経験が自分の身に起こった理由を自分に帰属させてしまうことで(私は良い子ではないから、ひどい目に遭った)、スティグマを背負うことになります。
・能力、パフォーマンスを低下させる~仕事や勉強がうまくいかない
トラウマという大容量の記憶が常にワーキングメモリを占め続けることで、脳は今ここで力を発揮することよりも、過去の記憶の扱いにエネルギーを取られ続けます。さながら、不要なソフトが動きすぎて処理が重くなったコンピューターのようです。そのために例えば、仕事の全体像をうまく把握できない、あらゆるイレギュラーケースが気になり割り切って考えることができない、情報を直感的に理解できない、数字や計算や片付けが苦手、簡単な仕事でもなぜか自信がなくうまくこなせない、ケアレスミスが頻発しうまく改善できない、といったようなことが生じます。
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・理想主義的になる
トラウマを負った人の特徴として、過度に理想主義的であることがあります。他者からのストレス、理不尽にさらされてきたために、そんな汚い人間のあり方を越えた理想の状態を目指そうとします。自分はそうはならない、なりたくないとしてとても高潔です。世の中を多元的、多様であると捉えるよりは、一元的な理想が支配するべきだという感覚があります。その一元的な理想から見て現実が理想通りではないことにイライラや怒りを感じることもあります。
・暗黙のルールが分からない、他者の言葉に振り回される
トラウマを負うと、世の中の暗黙のルールがよくわからなくなります。表面的な言葉に振り回されます。過剰適応で相手の感情などを先読みする反面、本当の意味で相手の気持や機微を捉えることができません。仕事やプライベートでも、言外の意図を捉えることが苦手です。
・自己開示できない、自分の人生が始まらない、責任へのおそれ
自己開示することがとても苦手で回避してしまいます。本当に自分の考えを表明することは避けがちです。自分を表に晒すと不意に攻撃されたり、非難される恐れが強いのです。仕事でも責任あるポジションに就くことを避けてしまいます。いつまで経っても自分の人生が始まらない感覚があります。
・過剰な客観性
外部になにか絶対的な基準があってそれを参照しなければならないという感覚があります。自分にまつわって何かが起きたときに、自分の感情や考え(主観)から反応するのではなく、常に他の人ならどうか?と考えてしまうのです。主観的(エゴ)であることが良くないこと、客観的であることが良いことであると考えています。実際には絶対的な客観的基準などありませんから、結局は声の大きな他者に従わされてしまうこともよくあります。
・時間の主権を奪われる~ニセ成熟、更新されない時間、焦燥感
トラウマは、時間の流れを止めてしまいます。同じ世代の人と比べても自分が幼いように感じてしまう。実際に見た目が幼く見えることもあります。考え方が成熟していない感じがします。同じ年代の人に対してもなぜか引け目を感じます。一方で、妙に早熟だったりしもします。子どもの頃に大人の理不尽に巻き込まれることで、あるいはストレス状況を乗り切るために過剰に適応することで、早熟になるのです。本来、健全な成熟のためには、わがままに自我を満たす時期や反抗期が必要です。しかし、周囲に過剰適応した結果、本当の意味で成熟できず、形ばかりの“ニセ成熟”となってしまうのです。記憶が更新されないために、トラウマが生じた当時のままの世界観、人間観(恥ずかしい自分、ひどい人たち)でいます。トラウマの特徴は自分が失われることですが、時間に対する主権、主体感覚も奪われます。
また、常に焦り、急き立てられる感覚も強くあります。こうしている間にも自分の研鑽するために何かしないといけないのではないか? 安穏と過ごしてはいけないのではないか? という焦りにも似た感覚があります。眼の前のことではなく先のことが気になってしまいます。自分の時間が落ち着いて流れるという感覚がないのです。
・記憶がなくなる。思い出せなくなる
トラウマティックな出来事から自分を守るために記憶がなくなってしまう、思い出せなくなることもあります。あまりにもストレスが大きいために、記憶を抑圧するのです。船体に穴が空いた際に船が隔壁を閉鎖して沈没から全体を守るように、衝撃からの自分を守るメカニズムと考えられます。過去の記憶があまりに薄い場合、記憶の抑圧を疑ってみる必要があります。
・連続性の欠如~スキル、経験が積みあがらない。日常が虚しく楽しくない
トラウマとは危機、非常事態が常に自分の傍にあるということです。そのため、次に何が起こるかわからない状態にあり、連続性が欠如した状態となります。連続性とは、認知や意識(いつもこうだという信頼感)、対人関係、機能(役割や立場など)、歴史(時間の経過の中での自己同一性)のことです。連続性が欠如しているために、刹那的になったり、仕事でもスキルや経験が積みあがらない感覚がしていつまでたっても新人のような感覚がしたり、日常にあるものが楽しくなくて、虚しく見えたり、といったことが起きます。
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・葛藤やフラッシュバックによるパニック症状
パニック症状がトラウマによって引き起こされることも珍しくありません。人間関係において長くストレス状況に置かれていて、関わる人間の気まぐれ、理不尽さ、ハラスメントに振りまわされていたケースに多く見られます。気まぐれな言動に対応するために矛盾する信念や我慢を両立させようとしている場合、その葛藤がパニックを引き起こすのです。
フラッシュバックが強い場合にもパニック症状を引き起こすことがあります。フラッシュバックが起きると同時に過呼吸や汗が吹き出るといったことが引き起こされます。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
▶「パニック障害の原因とは何か~内因説と「葛藤によるパニック」」
・自らトラウマを再演する
トラウマを負うと、自ら体験したトラウマを被害者、あるいは加害者の立場で無意識に再現しようとしてしまうことが起こります。例えば、性的虐待にあった方が、再びひどい性的な体験を誘発するような関係に身を置いたり、風俗業で働いたり。支配的な体験、ネグレクトされた体験を持つ方が、同じような人間関係を持ったり。逆に、自分が虐待する側に回ったり、といったことが生じます。これは、よく俗にいうような、本人に原因があって本人が引き寄せているということではありません。本人は一切悪くありません。記憶というのは再びその記憶を感じて適切に処理できれば解消できる、という性質を脳や体が知っているために行われることだと考えられます。ただ、多くの場合、そうした再演は安心、安全な環境で行われるものではなく、トラウマが解消されることはありません。
・依存症(し癖)を引き起こす
トラウマは依存症(し癖)を引き起こすことが分かっています。依存症とは、弱さ、だらしなさによってではなく、不全感を自分で解決しようとする「未熟な自己治療」の結果として生じます。トラウマによって引き起こされる恐怖、不安、寂しさ、緊張、興奮などを緩和させるためにアルコールやギャンブル、薬物などへの依存に陥ってしまうのです。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
▶「依存症(アルコール依存等)とは何か?その種類、特徴、メカニズム」
・発達障害様の症状~”第四の発達障害”
トラウマとは処理されるべき記憶が残されたままの状態で、日常で使われる脳の容量を圧迫しているような状態です。そのため普通であれば、10割使えるはずのワーキングメモリが2,3割とほとんど使えずに、ADHDのような症状に陥ってしまいます。仕事が覚えられない、ミスが多い、集中できない、といったことです。
また、過剰適応や過緊張によって、対人関係でもぎこちなさを抱えています。トラウマによって時間が止まってしまっているために、自己や他者のイメージが幼いままで止まり、未成熟な状態に置かれることがあります。
常に余裕がないために、発達の凸凹が浮き上がりやすいのです。そのため、発達障害にきわめて似た症状を呈します。こうしたことを指して、「第四の発達障害」と呼ばれることがあります。発達障害と診断されているケースでも、実はトラウマ由来のものであることが多く含まれているのでは?と指摘されています。
・その他に現れる様々な症状
上記以外でも、トラウマの影響として様々な症状が起こります。
身体面では、睡眠障害、不定愁訴、頭痛、腰痛など身体の痛み、自己免疫疾患、糖尿病や心筋梗塞、脳梗塞や、がんのリスクの増加、など。
精神面では、うつ状態、不安障害、感情調節の障害、強迫性障害、リストカットなどの自傷行為、希死念慮、パーソナリティ障害、摂食障害、双極性障害、素行症、解離性障害(重いケースの場合は解離性同一性障害)など。トラウマへの理解が身近になってきたことで、従来は別の精神障害、精神疾患とされてきたものも実はトラウマによるものではないか? と指摘されるようになってきています。
(参考)子どものトラウマ反応
大人の場合とは異なるあらわれ方をします。
・大人びた言動(敬語や丁寧語など大人びた言動。被害を悟らせない)
・多動性・攻撃性
・性的な行動(異性との関係に興味を持ったり、性的な言動を繰り返す)
・発達の遅れ(年相応の発達を見せない)・行動の障害(非行やいじめといった問題行動を起こす)
・愛着障害(過度に甘えたり、避けたり、難しい反応を見せたり)など
トラウマを治す、克服する
トラウマの治し方、克服については、下記のページでまとめています。
▶「トラウマ、PTSD(複雑性PTSD/発達性トラウマ)の克服、治し方」
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(参考・出典)
バベット ロスチャイルド「これだけは知っておきたいPTSDとトラウマの基礎知識」(創元社)
みきいちたろう『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』(ディスカヴァー携書)
飛鳥井 望「PTSDとトラウマのすべてがわかる本」(講談社)
「季刊 ビィ 2015年9月号」(アスク・ヒューマン・ケア)
白川美也子「赤ずきんとオオカミのトラウマケア」(アスク・ヒューマン・ケア)
ベッセル・ヴァン・デア・コーク「身体はトラウマを記録する」(紀伊國屋書店)
ブルース・マキューアン&エリザベス・ノートン・ラズリー「ストレスに負けない脳」(早川書房)
ロバート・M・ サポルスキー「なぜシマウマは胃潰瘍にならないか」(シュプリンガー・フェアラーク東京 )
ステファン・W・ポージェス 「ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」」(春秋社)
ジョン J. レイティ「脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方」(NHK出版)
ドナ・ジャクソン・ナカザワ「小児期トラウマがもたらす病」(パンローリング出版)
ナディン・バーク・ハリス「小児期トラウマと闘うツール――進化・浸透するACE対策」(パンローリング出版)
川野 雅資「トラウマ・インフォームドケア」(精神看護出版)
野坂 祐子「トラウマインフォームドケア :“問題行動"を捉えなおす援助の視点」(日本評論社)
「精神療法 第45巻3号 複雑性PTSDの臨床」(金剛出版)
など