医師の監修のもと公認心理師が、自傷行為(リストカットなど)の原因、心理についてまとめてみました。
<作成日2015.12.10/最終更新日2024.6.9>
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この記事の執筆者三木 一太朗(みきいちたろう) 公認心理師 大阪大学卒 大阪大学大学院修士課程修了 20年以上にわたり心理臨床に携わる。様々な悩み、生きづらさの原因となるトラウマ、愛着障害が専門。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』など書籍、テレビ番組への出演、ドラマの制作協力・監修、ウェブメディア、雑誌への掲載、多数。 |
この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
・公認心理師が長年の臨床経験やクライアントの体験を元に(特に愛着やトラウマ臨床の視点から)記述、解説、ポイント提示を行っています。
・管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考にしています。
・可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・専門家(公認心理師)の解説
・自傷行為(リストカットなど)とは何か?
・自傷行為(リストカットなど)の心理~なぜ行うのか?
→自傷行為(リストカットなど)の対応と治療方法については、下記をご覧ください。
医師やカウンセラーがリストカットなどの自傷行為を行っている旨を伺った際は、それ自身を問題にするというよりも、背景にある不全感とその原因となっているストレス、愛着不安、トラウマの存在を意識します。リストカットなどの自傷行為そのものを問題とはいたしません。本記事でもまとめておりますが、自傷行為そのものはあくまで不全感へのその人なりの対処法であり、異常でもなんでもありません。問題となるのは自傷行為そのものがその人の生命を脅かす危険がある場合です。そのため、リストカットをしている/あるいはしていたということ自体は、問題の所在を探索するためのきっかけとし、アプローチをするのはその人を苦しめている過去あるいは現在の環境に対してとなります。
自傷行為(リストカットなど)とは何か?
・自傷行為(リストカットなど)の定義
リストカットなど自傷行為とは、自分に起こるどうしようもない感情を、自分を傷つけることでコントロールしようとすることです。自殺を目的とはしておらず、直接的に自らを傷つけるものを指します(暴飲暴食など長期的に自らを損ねるような行為は狭義の自傷行為には含まれません)。
手首、腕、足など部位はさまざまで、例えば、腕の場合はアームカットとも呼ばれますが、自傷行為を代表する呼び名としてリストカット(リスカ)が知られています。
・自傷行為の種類
・自傷行為の方法としては、
・自らの身体を刃物で切る
・自らの身体を殴る
・手などをホチキスで傷つける
・壁を殴る/物を壊す
・タバコを自分に押し当てる
・頭を壁にぶつける
・皮膚をかきむしる
・髪の毛を抜く など
・部位は、
「手首」「腕」が最も多く
ついで
「手のひらや手の甲」「太もも」「すね」「胸」「お腹」
など
・道具は、
「カッター」「ナイフ」「カミソリ」「針」「筆記用具」「爪」「歯」
などです。
ただちに自殺に結びつかないものが多いです。
割合としては、リストカットが一番多く見られます。次いで、自分の頭を殴るや髪の毛を抜くといったことです。夜寝ればいいのに寝ない、といった方法をとる方もいます。身体を傷つける行為ではなく、頭の中で自分を責める、罵倒するといった言葉や思考による自傷や、爪を噛んだり、唇の皮を噛むというような日常での癖も広義の自傷行為の一つと言えるかもしれません。
・自傷行為(リストカットなど)の背景(原因)
自傷行為(リストカットなど)の背景(原因)としては、過去/現在のストレスフルな環境の影響が考えられます。
・家庭や職場で現在生じているストレスフル(支配的、否定的)な現在の環境
・機能不全家庭、不適切な養育、いじめなど成長する中で受けた過去のストレスフルな環境
などからくるストレス(不快な感情、思考、身体感覚など)を処理するために、自らを傷つけて心の痛みを和らげているのです。
→参考となる記事はこちらをご覧ください。
▶「トラウマ(発達性トラウマ)、PTSD/複雑性PTSDとは何か?原因と症状」
▶「「愛着障害(アタッチメント障害)」とは何か?その特徴と症状」
▶「いじめとは何か?大人、会社、学校など、いじめの本当の原因」
・自傷の部位と背景との関係
自傷する部位によって、その背景や状況をうかがうことができます。もちろん、タイプに分けることが当てはまらない人がいることは前提です。(内容は、松本俊彦「自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント」(講談社)によります)
リストカットの部位 | 特徴 |
---|---|
腕だけ切る | 深い感情をおさえるためであり、回数も多く、習慣化していることが多いです ストレスがたまると離人症、解離を起こすこともあります。自傷の際に何も感じない、覚えていないのはこのタイプが多い |
手首だけ切る | 習慣性や回数も少なく、死ぬことを目的に切っている人もいます |
腕と手首両方を切る | 上記、両方の特徴を持ち、うつ状態が深刻な人が多いとされます |
その他の部位など切る箇所が多い場合 | 鎮痛効果が減弱してエスカレートしている可能性が高い |
ぜい弱な箇所を切っている(極まれ) | 深刻な精神障害にり患している可能性もあります |
人目につく箇所に傷がある | コントロールできなくなってきている可能性もあるため、より深刻です |
服で隠れる場所にはないが隠れない場所に小さな傷がある | 人に気づいてほしいというケースです |
その他の方法での自傷 | |
例えば、とっさに爪で腕をかいたり、握りこぶしの中で爪を立てる、指をかじるなど | リストカットしている人の6割は、リストカット以外の方法でも自傷しています |
自傷行為(リストカットなど)の心理~なぜ行うのか?
・自傷行為(リストカットなど)は異常な行動ではない
まず、前提として踏まえておかなければならないことは、リストカットなど自傷行為とは過大なストレスに対する正常な反応の結果として生じているということです。異常心理の結果などではありません。
私たちも同じようなことは目にしています。
・日常的にある自傷行為
例えば、プロ野球の中継で途中降板した投手が、ベンチに帰って激高してグラブを投げつけたり、備え付けの扇風機を壊したりする場面をご覧になった方はいらっしゃるのではないでしょうか?中には、ベンチを素手で殴って自分の手を負傷した投手もいます。気性の激しい監督がベンチを蹴りつけている場面もあります。また、テニスの試合でうまくいかない場面で、ラケットを破壊してしまう選手がいます。イライラして、他人に当たる、罵倒する人はあちらこちらにいます。
これらは異常心理でしょうか?
対象が、自分に向かうか他者やモノに向かうかの違いでしかありません。
リストカットまでには至らなくても、自分の頭を殴りつけたり、身体を殴ったりしたことがある人は多いのではないでしょうか?言葉で自分のことを罵倒したり、大声を出して発散したり、ということもあります。
・異常心理ではない~中高生の1割が経験
他人やモノに対してではなく自分に対してというのは、ある意味それだけ、自制や社会性を有しているとも言えるのです。この点からも異常心理などというのは全く当たらないのです。ある調査によると、中高生の約1割が自傷を経験しているといわれています。ごく身近なものです(東洋経済オンライン「中高生の1割が「自傷経験有」という日本の実情」)。
・過去/現在のストレスフルな環境の影響(不快な感情、思考、身体感覚など)を処理するため
上記でも書きましたが、機能不全や不適切な家庭環境などのストレス(不快な感情、思考、身体感覚など)を処理するために自らを傷つけて心の痛みを和らげています。
別の言い方では、心の痛みを体の痛みに置き換えている、心の痛みにふたをしているともいえます。身体の痛みにすることでコントローラブルにできるのです。
トラウマなどに苛まれている場合は、身体を切ることで、心の痛みを隔壁のように切り分けています。
・相談できない。相談する相手がいない
リストカットを行う人は、信頼できる人が周囲にいなかったり、信頼できる人がいても、自尊感情が低く相談できないことがあります。あるいは、過去に相談して幻滅したことがある人が多く、人に助けを求めることができなくさせられています。
本人から見ると人は裏切りますが自傷は裏切らず痛みを収めてくれるために、自傷に頼らざるを得なくなっているのです。
・アピールするために行っているのではない~孤独な対処策
よく、リストカットなど自傷行為は、他人の気を引くため、かまってほしいために行っている、と誤解されますが、アピールのために行っているのではありません。
実際に、繰り返される自傷の96%は、一人で、誰にも伝えないでおこなわれています。
人にわかってほしいと思っていても、アピールのためではないのです。アピールしていると思うような場面は、思わず人に自傷行為がバレてしまった場合などです。
・自傷行為(リストカットなど)をして本人は痛くないのか?
自傷行為を経験する多くの人は、
「切ると気持ちが落ち着く」
「スーッとする」
「元気が出る」
「自分を取り戻すことができる」といいます。
鎮痛効果もありますが、血を見ることで、解離した意識が現実に戻るといった効果もあります。
また、自傷する瞬間を覚えておらず、気がついたら傷つけていた、といったケースもあります。この場合、解離といいますが、トラウマがひどい場合に意識が解離して無意識に自傷行為を行い、再び意識が戻ってきている状態です。
・自傷行為、リストカットの生理学的な効果
リストカットを行う効果として指摘されているのは、自らを傷つけると鎮痛効果として脳内でエンドルフィンやエンケルファリンという麻薬性の脳内物質が分泌されることがわかっています。心の痛み、つらい感情を紛らわせるために、自らを傷つけているのでは、と考えられています。※快感を得るといったマゾヒスティックな理由ではありません。
・自傷行為(リストカットなど)に至るか否かの違いとは?
リストカットなどの自傷行為に至るか否かの違いは、自らに降りかかっているストレスの過大さと、他に発散する術のありなしという点です。
愛着障害やトラウマが強い場合に否定的な自己イメージが強く、自分を痛めつける、といった衝動から、自己破壊的な行動をとる、というようなケースもあります。
・自傷行為はエスカレートする場合がある
ここまでは、自傷行為自体は異常でもなく、背景にある過去現在の不適切な環境やストレスの影響こそが問題であるとお伝えしてきました。ただし、自傷行為が危険な状態を生む場合があります。それは、自傷行為の鎮痛効果が徐々に落ちてきたり、頻繁に行う箇所は皮膚が硬くなるために傷が深くなったり、場所が変わるなどエスカレートしていく場合です。
また、ささいな出来事でも癖のように行うようになってしまいます。エスカレートしてくるとコントロールできなくなる恐れもあります。自傷行為をしても、現実そのものは改善されないので、ますます状況に追い込まれることも多く、それもエスカレートの原因となります。短期的には、ストレスから逃れるためのやむを得ない対処ですが、中長期では、場合によっては深く傷つけてしまうなど命にかかわる恐れもあることでもあります。
(参考)自傷行為と自殺との違い
自傷行為と自殺の違いは目的の違いです。自殺が苦しみの解決策として死を求めて行っているのに対して、自傷行為は自らを取り戻すことを目的として行っています。直接的に死につながらないと知ったうえで行っていることが多いのです(エスカレートして結果的に死を招く場合はあります)。
自傷行為を行う人の長期的な自殺リスクは、そうでない人の10年以内の自殺既遂で400~700倍におよぶともされます(松本俊彦「自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント」(講談社))。なぜなら、それだけ困難な状況にあることと身体を傷つけることへの抵抗感が少なく自殺へのハードルが低くなるためです。長期的には自殺に結びついてしまうおそれがあります。
→自傷行為(リストカットなど)の対応と治療方法については、下記をご覧ください。
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(参考・出典)
林直樹「リストカット・自傷行為のことがよく分かる本」(講談社)
松本俊彦「自分を傷つけずにはいられない 自傷から回復するためのヒント」(講談社)
神田橋條治、白柳直子「神田橋條治の精神科診察室」(IAP出版)
など