100人に1人がかかるとされる病「統合失調症」。特殊な病ではなく、本当は誰でもかかる可能性のある身近な存在です。統合失調症は、単に“病気”ということでは収まらない、私たちの大切な側面を知らせてくれる存在でもあります。今回は、医師の監修のもと公認心理師が、統合失調症の原因についてまとめてみました。
<作成日2016.5.20/最終更新日2024.6.2>
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この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
この記事の執筆者三木 一太朗(みきいちたろう) 公認心理師 大阪大学卒 大阪大学大学院修士課程修了 20年以上にわたり心理臨床に携わる。様々な悩み、生きづらさの原因となるトラウマ、愛着障害が専門。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』など書籍、テレビ番組への出演、ドラマの制作協力・監修、ウェブメディア、雑誌への掲載、多数。 |
<記事執筆ポリシー>
・公認心理師が長年の臨床経験やクライアントの体験を元に(特に愛着やトラウマ臨床の視点から)記述、解説、ポイント提示を行っています。
・管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考にしています。
・可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・統合失調症の原因~11の仮説
→統合失調症の診断とチェック、その治し方については、下記をご覧ください。
統合失調症は、人類学者のグレゴリー・ベイトソンのダブルバインド(二重拘束)論などでその心理的、環境的な要因が指摘されてきました。一度は否定されましたが、近年はオープン・ダイアローグや当事者研究の登場によって再び心理的、環境的な要因が注目されるようになってきました。
近年は、統合失調症とは単一の病態ではなく、複数の病態を従来は一括りにしてとらえてきたということが明らかになってきています。トラウマ臨床においても、トラウマによるフラッシュバックが妄想、幻覚のような形で現れることもあります。統合失調症と診断されていたケースが実は発達性トラウマ(複雑性PTSD)であることも決して稀ではありません。
原因についてさまざまなとらえ方があることを知ることは、病態を切り分けて、場合によっては他の病気と区別をし、適切な対処をするために必要です。
統合失調症の原因~11の仮説
統合失調症の原因はまだ解明されていません。ただいくつかの仮説があります。単一の原因ではなく、遺伝・体質や環境との相関で発症すると考えられています。
1.遺伝的要因
遺伝の影響も指摘されています。ただ、その他多くの病気と同じように多因子遺伝であり、一つの遺伝子で決まるものではありません。統合失調症に関連する遺伝子は誰もが持っている可能性があります。また、環境の影響で発症するかが決まります。関係する遺伝子としては、DISC1遺伝子、ニューレグレン-1遺伝子 などがあります。
2.ドーパミン仮説
ドーパミンの過剰分泌が統合失調症の原因であるとする仮説です。ドーパミンの過剰分泌と捉えると陽性症状や、陰性症状が生まれるメカニズムについても一定の説明が可能になります。ただ全てのケースや症状を説明できずに、限界もある仮説です。
3.グルタミン酸仮説
ドーパミン仮説を補うようにして登場した仮説です。グルタミン酸の過剰放出が原因ではないかとするものです。認知機能の低下や、陽性症状についても説明できるものとして注目されています。
4.カルシニューリン仮説
ドーパミンとグルタミン酸系が合流する際に調整したり、長期抑制、神経成長因子の活性を調整する働きを持つカルシニューリンの変異が原因とする説です。ドーパミン仮説とグルタミン酸仮説とどちらも説明できるのではないかと期待されています。
5.発達障害仮説
発達の過程で、遺伝や環境の影響で神経系に何らかの障害を起こして、それが原因になるのではないか、と考えられています。神経系の障害は、発達障害などでも見られるものです。妊娠中のストレスや栄養状態、出産時の問題などが要因です。
6.脳の萎縮や障害
前頭葉の体積減少は6割でみられ、側頭葉の体積減少は約8割の人で起きています。特に解体型の患者さんでは側頭室や第三脳室の拡大や前頭葉や側頭葉の大脳皮質の萎縮が見られます。上側頭回(視線の動きに関連)の減少は全例で見られる特徴です。
海馬(海馬は学習や記憶のみならず、フィルタリングや統合機能に関連)や前部帯状回での萎縮や機能低下も見られます。これらは認知機能の低下に関係すると考えられています。
7.ウイルス感染説
統合失調症の患者は冬に生まれの人が多く、体内にいる時に母親がインフルエンザに感染するなどの影響が考えられている。事実、母親が妊娠初期にインフルエンザに感染すると7倍程度リスクが高まるとされる。また、内在性レトロウイルスWの感染も、ある種の統合失調の原因になっているのとする研究結果もあります。
8.性格気質
どのような性格の人でも統合失調症になりえますが、ジゾイド(分裂気質)の人が多いとされています。※ジゾイドとは、非社交的、内向的、孤独を好み、超然としている、神経繊細、ヤセ型を特徴とする性格気質です。最近の研究では、受動型が大きな特徴とされます。また、子供の頃にいじめを受けていた人が多いことも指摘されています。
また、統合失調症患者には無垢で純粋なタイプが多いことが知られています。その純粋さは精神科医を魅了し、臨床や研究の発展に寄与してきました。
9.ストレス(ライフイベントなど)
統合失調症の誘因としてストレスがあり、特に患者の8割が発症の時期に、結婚、就職、死別、離婚などライフイベントが重なっていることが多いとされます。
精神科医の笠原嘉氏は「出立の病」としています。出立とは旅立ちや自立のことです。また、サリヴァンは「対人関係の病」としていますが、対人関係のストレスというのは刺激としては最も強いものとなります。
10.虐待など養育環境
虐待などによって少し高まることがわかっています。ただ、親の育て方の問題が影響するということはありません。
かつては家族間の矛盾するコミュニケーション「ダブルバインド」によって生じるとするベイトソンの説などもありました。ダブルバインド説は直接の原因としては否定されていますが、回復を考える際には現在でも示唆に富んでおり、家庭環境の影響の重要さはさまざまな臨床家が触れています。
精神科医の中井久夫氏も「私はひょっとすると、分裂病は特に幼少期にあるいは青年期のマインド・コントロールに対する防衛という面があるのではないかと思っています」としています。
オープンダイアローグの登場で、近年は、あらためて環境要因、心理的要因が注目されています。人間は様々な声が集積されて人格が形成されるとされます。そして、その”声”が多様であることが健康であることを示すとされます(多声的=ポリフォニー)。一方、統合失調症では、その声の多様性が低いとされます(単声的=モノフォニー)。その多様性の低さが、幻聴という形で生じると考えられます。オープンダイアローグは、グループでの対話を通じてその声の多様性を回復することが高い効果の要因の一つとされています。こうしたとらえ方は、先達の知見とも符合する部分が多いです。
11.社会環境
統合失調症は、人口の約1%がかかる病気であり、私たちにとって実は身近な病です。男女間で有病率に差はないとされます。地域によって0.4~1%と差があります。貧困は、環境の悪さなどストレスを高めるためか、貧困層での有病率が高いとされます。一方、後進国では、裕福な層に多い、ともいわれます。貧しい層のほうが人とのつながりがあり、ストレスが少ないことが原因と考えられます。移民に多くみられるなど、環境変化や居場所のなさが発症に影響するのではないかとも言われています。 地方で育った人よりも、都会で育った人のほうが発症リスクが高いことが指摘されています。国や地域によってや社会階層でも発症リスクが異なることが知られています。好景気になって仕事につきやすくなると有病率が減ることもあります。若年での大麻など薬物の使用などもリスクとなります。
また、好景気になって仕事につきやすくなると有病率が減ると言われており、雇用は統合失調症の発症や治癒に関連が強いようです。
(出典:岡田尊司「統合失調症」(PHP研究所))
(参考)その歴史
古代にも統合失調症とみられる特徴を持つ人たちの記述があることから、おそらく人類の歴史とともに統合失調症は存在していたと考えられています。かつては、預言者や神との仲介をするといった役割を与えられ、神聖な存在として社会の中で尊敬される立場にもありました。しかし、近代に入ると、秩序を乱し、職に就かない異常者としてみなされるようになり監禁されるようになりました。病気としてとらえられるようになったのは近代に入ってからのことで、病気としての歴史は長いものではありません。
一方で、治療に取り組む善意の医師たちもいました。当初は、認知能力の低下などから「早発性痴呆」と呼ばれたり、「破瓜病」「緊張病」と呼ばれたりしていました。現代のような捉え方で整理されたのはブロイラーによって「スキゾフレニー」と命名されたことによってからです。日本では「精神分裂病」と訳されていましたが、適切ではないとして、2002年以降は「統合失調症」と呼ばれています。
・時代とともに変わる病像~軽症化、そして社会に棲みながら治る病気、付き合う病気へ
統合失調症(Schizophrenia)の姿は時代とともに変化しています。大昔は、痴呆のように正常な認知機能を失い人格が崩壊していく病気として。数十年前までは身体が蝋のように固まったり、興奮したりする緊張病が典型で、いずれも鉄格子の奥に入院させられている姿であったものでした。しかし、近年は軽症化が指摘され、かつてのような激しい病像はまれになりました。認知機能の低下が主症状となっています。
そのため、統合失調症の昔ながらのタイプ分けも実際的ではなくなりつつあります。有病率の低下から「統合失調症消滅仮説」なるものも登場するような時代です。
治療のあり方も、入院しての治療から外来での治療が中心となってきています。社会に棲みながら治る病気、あるいはつき合える病気へと変貌しています。
油断はもちろん禁物であることは言うまでもありませんが、ただ、病像の変化を知らずに、書籍やインターネットのサイトにあるかつての教科書通りのイメージのままに捉えていると、早期発見の遅れ、家族や本人が勝手に諦めてしまったり、時代遅れのイメージによる不適切なサポート、差別につながってしまいます。基本的には比較的新しい情報を参考にして、変化しつつある姿を知ることがとても大切です。
→統合失調症の診断とチェック、その治し方については、下記をご覧ください。
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(参考・出典)
中井久夫「最終講義」(みすず書房)
伊藤順一郎「統合失調症」(講談社)
岡田尊司「統合失調症」(PHP研究所)
功力浩「やさしくわかる統合失調症」(ナツメ社)
福智寿彦「家族が統合失調症と診断されたら読む本」(幻冬舎)
蟻塚亮二「統合失調症とのつきあい方」(大月書店)
山下格「精神医学ハンドブック」(日本評論社)
丹野義彦ほか「臨床心理学」(有斐閣)
中井久夫「世に棲む患者」(筑摩書房)
広沢正孝「「こころの構造」からみた精神病理 広汎性発達障害と統合失調症をめぐって」(岩崎学術出版社)
「統合失調症の広場 統合失調症に治療は必要か No.1 2013春」(日本評論社)
「こころの科学 統合失調症の治療の現在 No.180」(日本評論社)
など