社交不安障害は、うつ病、アルコール依存症などに次いで多いとされる症状です。特に日本では、対人恐怖症として知られているとてもポピュラーな悩みです。今回は、医師の監修のもと公認心理師が、社交不安障害、対人恐怖症とは何か?について記事をまとめてみました。
<作成日2016.2.14/最終更新日2024.6.3>
※サイト内のコンテンツを転載などでご利用の際はお手数ですが出典元として当サイト名の記載、あるいはリンクをお願い致します。
この記事の執筆者三木 一太朗(みきいちたろう) 公認心理師 大阪大学卒 大阪大学大学院修士課程修了 20年以上にわたり心理臨床に携わる。様々な悩み、生きづらさの原因となるトラウマ、愛着障害が専門。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』など書籍、テレビ番組への出演、ドラマの制作協力・監修、ウェブメディア、雑誌への掲載、多数。 |
この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
・公認心理師が長年の臨床経験やクライアントの体験を元に(特に愛着やトラウマ臨床の視点から)記述、解説、ポイント提示を行っています。
・管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考にしています。
・可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・専門家(公認心理師)の解説
・対人恐怖症、社交不安障害とは何か?
・対人恐怖症、社交不安障害の原因とメカニズム
→対人恐怖症、社交不安の原因やチェックについては、下記をご覧ください。
▶「対人恐怖症、社交不安障害のチェックと診断~3つの視点から」
私たちの悩みのほとんどが対人関係のものです。そのため、対人恐怖症、社交不安障害はあらゆる悩みの底に内在しているとも言えます。対人恐怖症の原因としては、愛着不安、トラウマというものが基本に考えられます。過去の様々な環境、経験、ストレスの積み重ねから人に対して安心安全感を持てないでいるのです。さらに、対人恐怖症は日本独自のものとされるように、過度に他者のことを意識することを強いられる日本社会の風土も影響します。
対人恐怖症を何とかしようとして過剰適応に陥っていたり、過緊張という形で現れたりもします。
対人恐怖症、社交不安障害とは何か?
・定義
対人関係、社交の場面における過度な恐れ、不安を示す状態を言います。
当初、社会恐怖、社会不安障害と呼ばれていましたが、現在は「社交不安障害(Social anxiety disorder)」という呼び方になっています。DSM(米国精神医学会の診断マニュアル 「DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」(医学書院))が登場したことで、対人恐怖症という日本独自の概念は、社交不安障害(SAD)という概念で説明されるようになりました。
ただし、対人恐怖症と社交不安障害とは全く同じ概念ではありません。対人恐怖症が他者配慮的なニュアンスがあるのに対して、社会不安障害という概念は人前でのパフォーマンスに関する不安、という違いがあります。
正式な診断名ではなくても「対人恐怖症」という概念も治療や自己理解には有効です。
日本文化独自の悩みだった“対人恐怖症”
悩みは世界共通と考えがちですが実際はそうではありません。特に、対人恐怖というのは日本で特に見られる症状と長らく考えられてきました。そうした症状のことを「文化依存性症候群(文化結合症候群)」と言います。
精神科医の土居健郎も、『甘えの構造』のなかで「対人恐怖という言葉はもともと、先にあげた森田(正馬)の衣鉢を継ぐ精神医学者が使い出したものと思われる」としています。日本では狭い島国として世間での付き合いを重視する「ヨコ社会」であるということや「恥の文化」などの影響があるかもしれません。
・対人恐怖症、社会不安障害の割合や時期
米国の調査でも、社交不安障害の生涯有病率は13.3%とされます。
発症のピークは14歳と、自我が芽生える思春期に多く発症するとされます。
(出典:山田和夫『やさしくわかる社会不安障害』(ナツメ社))
・対人恐怖症、社交不安障害の種類
・限局型/非全般型
特定の状況のみので不安、恐怖を感じるタイプで、最も多いタイプです。比較的高齢者に多く、既婚者が多いです。他の精神障害との併発が少ないです。
・全般型/びまん型
対人状況全般で不安を感じるタイプです。比較的若い人が多く、独身が多いです。他の精神障害との併発が多いです。
対人恐怖症、社交不安障害の原因とメカニズム
・前提となる愛着形成やトラウマの存在
対人恐怖症の土台として考えられるのが愛着形成不全やトラウマです。
愛着とは「特定の他者との関係を通じて主観的な安全感覚を回復・維持しようとすること」であり、さらにわかりやすくいえば、親子の関係で作られる心の中の「安全基地」のことです。人間にとって愛着は幼児期、特に生後半年から1歳半までの間に形作られます。ただ、その時期に適切な養育環境が与えられなかった場合、愛着形成不全となる可能性が高く、その後の対人関係やストレス処理などに問題を生じてくるとされています。
また、幼児期に受けた不適切な養育環境は、トラウマティックな脅威として感じられることが多く、そうしたことが子どもの脳の機能を低下させることが指摘されています。過活動や過緊張、認知のゆがみの原因です。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
▶「「愛着障害(アタッチメント障害)」とは何か?その特徴と症状」
▶「トラウマ(発達性トラウマ)、PTSD/複雑性PTSDとは何か?原因と症状」
・きっかけとしての成長過程での経験
社交不安障害は、対人状況で嫌な経験をした、恥をかいた、といった経験から始まることが多いです。ただ、それらが原因ということではありません。あくまで誘因であり、きっかけであるということです。
私たちは、発達の過程でさまざまな変化を経験します。特に青年期などで人間関係の在り方が急速に変化する中では大きな戸惑いを経験します。
児童期が「身体性に基づくタテ関係」を特徴とされます(単純に力がつよい子や運動のできる子が強い立場になる、といったこと)。一方、青年期は「協調性に基づくヨコ関係」が特徴です。いかに相手のことを思いやり、協調できるかが集団での力関係を決定していく時期です。わずか数年の間にルールが変わるわけですから、誰でも戸惑い、少なからず対人関係に恐れを感じるようになります。
恐れを感じることは決して悪いことばかりではありません。適切な恐れは「相手への敬意」の土台(人間性への畏れ)となり、健全な関係を育んでいきます。しかし、あまりにも理不尽な経験が歪な認知を生み、修正されないと対人恐怖症となってしまいます。
成人となっても成長、発達は完成ではありません。日常生活や会社の中でも日々、結婚、出産、子育て、異動や昇進、転職など人間関係は移り変わっていきます。実は、人間の発達は想像以上に非定型で凸凹していることがわかってきていますから、出会う人の感覚や常識は一様ではありません。大人の間でもいじめやモラハラは存在します。その中で自分の常識が通じないストレスや、理不尽な目にあうことも対人恐怖症、社交不安障害のきっかけとなります。
→関連する記事はこちらをご覧ください。
・自律神経の乱れによる脳、神経系の誤作動
人間の脳は、不安を換気する出来事が生じた時、「闘争か、逃走か(fight or flight)」反応と呼ばれる反応が生じます。反応によって生じた刺激が、生命維持をつかさどる網様体を伝わってきて、線条体で調整され、感情をつかさどる大脳辺縁系、認知判断をつかさどる大脳新皮質に伝わり、不安として認識されます。「網様体賦活系」と呼ばれる神経の流れです。
しかし、神経伝達物質であるドーパミンや、セロトニンの減少などの影響から、線条体の機能不全が生じると、刺激が過剰に伝わってしまい、大脳辺縁系(海馬、扁桃体)の活性化による不安、内的攻撃の高まり、大脳新皮質の過覚醒による過度の緊張が生じ、社会活動に影響を及ぼす不安障害となるのです。いわゆる自律神経の乱れという状態です。
トラウマや愛着障害によっても自律神経や脳の活動に失調が生じることが知られています。
・背景にある気質、体質
不安の感じやすさについては、遺伝的なものや性格傾向が背景にあることが指摘されています。神経伝達物質の働きと性格傾向の関係を指摘したクロニンジャーや、セロトニントランスポーター遺伝子の違いが不安の感じやすさに影響していると指摘したレッシュの研究があります。
・“誤った認知”と“回避”の悪循環
不安というのは、適切に認識されると脳が自然と修復していく機能があります。しかし、多くの場合、不安を回避してしまい、修復の機会を逃してしまいます。そして、誤った認知によって、不安のセンサーの作動は強化されてしまい、増大していきます。
例えば、言い間違えて人から笑われたことを過剰に意識してしまい、人前で話すことを避ける。頭のなかでは、自分は人からバカにされていると誤って想像してしまう。そうするとちょっとした失敗の兆候も真実ととらえて、さらにセンサーは敏感になっていく。そして、また失敗する、笑われる、を繰り返していき、恐怖症が誕生する、といったことです。
・“不安“から“恐怖”へ
不安は内的に感じるもので、恐怖とは外からやってくるものです。また、不安が穏やかであるとしたら、恐怖は強く短期的に生じます。最初は不安程度だったものが、適切に修正する機会がないために、恐怖へと高まり、恐怖症となってしまうのです。
※サイト内のコンテンツを転載などでご利用の際はお手数ですが出典元として当サイト名の記載、あるいはリンクをお願い致します。
(参考・出典)
笠原敏彦「対人恐怖と社会不安障害」(金剛出版)
貝谷久宣「社会不安障害のすべてがわかる本」(講談社)
水島広子「正しく知る不安障害」(技術評論社)
クレア・ウィークス「不安のメカニズム」(筑摩書房)
クリフトフ・アンドレ、パトリック・レジュロン「他人がこわい」(紀伊國屋書店)
大野裕「不安症を治す」(幻冬舎)
「DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」(医学書院)
など