医師の監修のもと公認心理師が、日本人に多いとされる視線恐怖症について、その原因と特徴についてわかりやすくまとめてみました。
<作成日2017.12.4/最終更新日2024.5.26>
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この記事の執筆者三木 一太朗(みきいちたろう) 公認心理師 大阪大学卒 大阪大学大学院修士課程修了 20年以上にわたり心理臨床に携わる。様々な悩み、生きづらさの原因となるトラウマ、愛着障害が専門。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』など書籍、テレビ番組への出演、ドラマの制作協力・監修、ウェブメディア、雑誌への掲載、多数。 |
この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
・公認心理師が長年の臨床経験やクライアントの体験を元に(特に愛着やトラウマ臨床の視点から)記述、解説、ポイント提示を行っています。
・管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考にしています。
・可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
・専門家(公認心理師)の解説
・視線恐怖症とは何か?
・私たちにとって、「視線」とは何か?~日本人に多い視線恐怖
・視線恐怖症の背景とメカニズム
→視線恐怖症の治し方については、下記をご覧ください。
視線恐怖症でお悩みの方はとても多くいらっしゃいます。特に、きちんとしていることが求められる職場や学校において悩みを感じているケースが目立ちます。それも、就職、異動や配置転換、進級・進学などの環境の変化に際して生じるようです。おそらく、環境への適応の難しさのストレスが「視線」「眼(目)」に代表して現れていると考えられます。環境への適応を阻害する要素があると、症状が生じ、さらに長引かせる要因となります。その要因の1つに、過剰に他者の視線を意識する日本社会の特徴があったり、家庭の文化があったり、生育環境でのストレスがあったりということが考えられます。特に比較的若者に多く見られることから、自己の未成熟さが問題を難しくしているように現場では感じています。
視線恐怖症とは何か?
自己や他者の視線について過度に意識したり、恐れを感じたりする症状の総称です。
対人恐怖症(社交不安障害)の一種と考えられます。
→参考となる記事はこちらをご覧ください。
▶「対人恐怖症、社交不安障害とは何か?原因とメカニズム」
例えば電車の中で、迎え合わせの人の視線が気になる。街中ですれ違う人の視線が気になる。仕事での会議や面談の際に、自分の視線が相手に不快感を与えていないか気になって正視することができない。世間の目が気になって外出することが難しい、という方も少なくありません。「視線」に代表される他者の関心や評価を過剰に気にする症状です。
視線恐怖の種類
大きく分けると下記の4種類あります。
・他者の視線が気になる(他者視線恐怖)
自分に向けられる他者の視線が気になるというものです。
症状が強い場合は、外出することができなくなることもあります。
・他者と視線を合わせることができない(正視恐怖)
他者と視線を合わせることができなくなる症状です。
・自己の視線が気になる(自己視線恐怖)
自己の視線が相手に不快感を与えていると考える症状です。
・脇見恐怖(横目恐怖)
視界の端に入ってくる人を異常に意識してしまう、あるいは他者の視界に入ってしまうことを避けようとする症状です。視界に入った他人を見ることでその方に不快な思いをさせたのではないかと申し訳なさを感じてしまうことがあります。
ケースによってその症状や現れ方は様々です。種類分けが必ずしも実際の症状に遭わないこともよくあります。種類の区別はあくまで自己理解のための便宜的なもの(補助線)としてとらえてください。脇見恐怖(横目恐怖)は、治療者にとっても症状が理解がしづらく、ご相談者も自分の状況をわかってもらえない、と感じることが多いようです。
私たちにとって、「視線」とは何か?~日本人に多い視線恐怖
視線恐怖症は、対人恐怖の一種で、特に日本に多い「文化依存性症候群(文化結合症候群)」であるとされます。
では、私たち(特に日本人)にとって「視線」とは何でしょうか?
海外旅行をした際に顕著に感じますが、外国では日本ほど他者の行動に細かく関心を払うことはありません。
向こうからも視線を感じることも少なく、日本に住んでいるときとの違いに驚くことがあります。
日本は「世間」という言い方があるように、家の外も狭い共同体の延長であるととらえられていて、「人に迷惑をかけてはいけない」「世間の常識から見て自分はおかしいのではないか?」ということ、「同じであること」を強いる同調圧力を感じる程度が海外よりも強い傾向があります。
こうしたことから、視線恐怖の視線とは、必ずしも物理的に見られた、見られていないに限定されるものではありません。
大きく言えば、他者や自己の“関心”や、「こうあるべき」という“規範”と呼べるものです。その関心を代表して表すものとして、「まなざし(視線)」があるととらえられます。
のちにも述べますが、ひきこもりが長引いたりしたことで、親や世間の目が気になり、外に出られない、ということも、広義の視線恐怖と呼べます。
→参考となる記事はこちらをご覧ください。
▶「ひきこもり、不登校とは何か~7つの視点から原因を知る」
心の悩みや症状では、当事者の内面に原因を求めがちですが、統合失調症でさえ、対人関係や社会や文化の影響が指摘されているように、実は、社会や対人関係など周囲の環境が及ぼす影響も見逃すことができません。視線恐怖症においても、日本社会の同調圧力や過剰に他者を気にする文化、風潮が影響しています。
視線恐怖症の背景とメカニズム
・養育環境や生育歴など環境的な背景
・愛着の影響
視線恐怖のメカニズムには、生まれてきた環境の影響と考えられます。社会へのかかわり方、対人関係の土台となるものが“愛着”です。愛着とは、「安全基地」とも呼ばれるもので、生後半年~1歳半ごろに養育者との関係の中で形成されるとされます。
例えば社会とのかかわりの中で傷ついたとしても戻る場所がある、自分を支持してくれる人がいる、将来が安全だと予測が可能である、という感覚は人間にとって大いなる助けとなります。しかし、養育者のかかわり方が不安定であった、過保護であった、といったことが重なると、戻る場所がなく、支持してくれる人もいない、将来は安全とは思えない、という意識が強くなります。逆に、過保護も正しい感覚を育てることを妨げてしまいます。
そうすると、危機への対処をしなければならないとして通常であれば反応しないようなことにまでそなえて、敏感に反応します。それが視線への敏感さといったことに表れると考えられます。
→参考となる記事はこちらをご覧ください。
▶「「愛着障害(アタッチメント障害)」とは何か?その特徴と症状」
・トラウマの影響
もう一つは、トラウマ(ストレス障害)の存在です。
私たちは、日常で経験するようなストレスは、自ら処理します。一人で処理できないものは、理解してくれる人、共感してくれる身近な存在を通じて処理されていきます。しかし、そうした環境になく過度または慢性的にストレスを負い続けると、ストレスが処理されずに残り続けます。それがトラウマと呼ばれるものです。トラウマがあることで過剰に視線が意識されたりするようになります。
→参考となる記事はこちらをご覧ください。
▶「トラウマ(発達性トラウマ)、PTSD/複雑性PTSDとは何か?原因と症状」
・発達や身体的な失調など身体的な背景
発達の凸凹や身体的な不調も原因になることがあります。
発達障害が疑われる場合、常に不安を抱えており、社会の刺激について適切な見積もりができないために、被害意識(関係念慮、関係妄想)が強くなるなど、視線恐怖とも感じられるような症状が出ることがあります。視線恐怖症の背景に発達障害があることは珍しくありません。
→参考となる記事はこちらをご覧ください。
▶「大人の発達障害、アスペルガー症候群とは何か?公認心理師が本質を解説」
見逃されやすいのですが、甲状腺などの失調の場合も、同様に過度な不安が生じることがあります。
→参考となる記事はこちらをご覧ください。
▶「境界例、難治性うつ病、人格障害などの意外な原因~甲状腺、副腎疲労など」
・ノイズをキャンセリングできない状態~環境と身体との相関
視線恐怖症では、本来は受け流したり、無視したりするような、外部からのノイズ(視線)をキャンセルできない状態になっています。その原因として、身体的な要因と環境要因とそれぞれが相関して影響していることが考えられます。つまり、環境からのストレスで、身体の失調のスイッチが入ることもあれば、身体の失調のために、ストレスを受け流せずに影響を受けてしまう、ということもあるのです。
・相手の表情を正しく読み取れない~表情認知のゆがみや関係念慮
表情認知をつかさどる脳機能の低下や過活動が影響して、相手の表情を正しく読み取ることができないことも「視線恐怖」に影響することがあります。「目は口程に物を言う」とはいいますが、相手は何も思っていなくても、ただ黙ってみているだけで、「相手は私を嫌っている」というふうに誤って解釈してしまいます。こうした表情認知のゆがみや関係念慮も「視線恐怖」の背景に存在すると考えられます。
上記の中でも、特に、環境への適応を妨げる自己の未成熟さ、不安定さが潜んでいないかを注目してとらえる必要があります。
→視線恐怖症の治し方については、下記をご覧ください。
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(参考)
笠原敏彦「対人恐怖と社会不安障害」(金剛出版)
貝谷久宣「社会不安障害のすべてがわかる本」(講談社)
水島広子「正しく知る不安障害」(技術評論社)
クレア・ウィークス「不安のメカニズム」(筑摩書房)
クリフトフ・アンドレ、パトリック・レジュロン「他人がこわい」(紀伊國屋書店)
大野裕「不安症を治す」(幻冬舎)
「DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」(医学書院)
など