吃音(どもり)とは、なかなか手ごわい悩みです。取り組むためには正しい知識を持って取り組む必要があります。インターネットでは古い情報、商材の販売目的のページなどが氾濫し正しい情報を得ることが難しくなっています。医師の監修のもと、自身も吃音克服を経験した公認心理師が、吃音(どもり)を治す、克服するために必要な視点についてまとめてみました。よろしければご覧ください。
<作成日2015.10.15/最終更新日2024.8.11>
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この記事の執筆者三木 一太朗(みきいちたろう) 公認心理師 大阪大学卒 大阪大学大学院修士課程修了 20年以上にわたり心理臨床に携わる。自身も吃音に苦しみ、カウンセリングで克服した経験を持つ。吃音治療、克服のサポートに長年携わっている。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』など書籍、テレビ番組への出演、ドラマの制作協力・監修、ウェブメディア、雑誌への掲載、多数。 |
この記事の医療監修飯島 慶郎 医師(心療内科、など) 心療内科のみならず、臨床心理士、漢方医、総合診療医でもあり、各分野に精通。特に不定愁訴、自律神経失調症治療を専門としています。プロフィールの詳細はこちら |
<記事執筆ポリシー>
・自身が吃音当事者でもあり、克服経験を持つ公認心理師が長年の臨床経験やクライアントの体験を元に記述、解説、ポイント提示を行っています。
・管見の限り専門の書籍や客観的なデータを参考にしています。
・可能な限り最新の知見の更新に努めています。
もくじ
1.吃音(どもり)という悩みの構造を理解する
2.内的環境によって生じる「吃音(どもり)」~心身症としての吃音
3.吃音(どもり)が治るとはどういう状態か?
4.吃音(どもり)へのアプローチの方法
5.吃音治療とは基本的に環境(内的/外的)にアプローチして調和をもたらすものである
6.心理療法では吃音(どもり)の悪化要因を解消していく
7.心理療法でどの程度良くなるのか?
8.心理療法は漠然と行っても効果はない
9.吃音治療に良いセラピスト、良くないセラピストの条件
10.吃音(どもり)に取り組むための心構え
→吃音(どもり)について関連する記事はこちらをご参考ください
▶「吃音(どもり)とは何か?その原因と症状を当事者でもある専門家が解説」
→当センターの吃音(どもり)専門カウンセリングはこちらをご覧ください
私(三木)は吃音の当事者です。10代の頃は吃音に苦しみ、友だちとのコミュニケーションがううまくいかずに悩んだ経験があります。カウンセリングを通して大学院生の頃に吃音を克服した経験を持ちます。
吃音の治療については、かつては「治すー治さない」といった対立が当事者の中であったり、半ばインチキな方法や商材が横行したりしてきました。さらに、正規の医療界でも明確な治療方法が確立されておらず、研究熱心で良心的な治療者が最初に行ったことはそれまでの専門書を捨て去ることだった、といいます。
さらに、(主に耳鼻科の領域、言語聴覚士が専門になりますが)吃音に対応できる治療者がとても少ない状況です。
1.吃音(どもり)という悩みの構造を理解する
・発吃
まずは、吃音(どもり)という悩みがどういった要素で構成されているかを理解することが大事です。
吃音(どもり)ははっきりとした原因はまだわかりませんが、そのメカニズムのについて、かなりのことがわかってきています。別の記事(「吃音(どもり)とは何か?その原因と症状を当事者でもある専門家が解説」)でまとめていますが、吃音(どもり)は小児期の発達の過程で生じる症状です。言語の発達に発話が追いつかないために非流暢性が生じることから始まります。
どもっている際の脳の動きを確認すると「右半球が過活動で、左半球が低活動」で感覚運動がうまく統合されていないことがわかってきています。子どもの発吃のメカニズムと同じように、発話に必要な機能のバランスがうまく取れていないことがわかります。
普通は発話の発達と語彙などとのバランスがうまく取れてくることで症状は落ち着いてきます。子どもであれば発症しても7~9割は自然回復していきます。しかし、ストレスがかかる言語環境に置かれ続けると、非流暢さは回復せず症状が進展していくことになります。
次に進展の過程を見ていきたいと思います。
・「吃音(どもり)」という症状の進展
Bloodsteinがまとめた「吃音の進展段階」というものがあります。
自分の症状や、吃音(どもり)という悩みの形成を理解する上では役に立ちます。
吃音(どもり)は、第一層から始まり症状が出たり出なかったり、あるいは二層から一層に戻ったりしながら進展し、四層まで行くと基本的に自然回復することはないとされています。いわゆる幼い頃から吃音(どもり)で自然回復せずに成人になっても吃音(どもり)に悩んでいる状態は第四層であることが多いとされます。
・第一層(症状の出はじめ)
(吃音症状)
・連発(繰り返し)
・伸発(引き伸ばし)
(認知および感情)
・すべての場面で自由に話す
・吃音の自覚なし
・まれに瞬間的なもがき
・恐れ、困惑なし
・情緒的反応なし
↓
・第二層(症状の進展)
(吃音症状)
・難発(阻止:ブロック)
・随伴症状
・連発
・伸発
(認知および感情)
・自由に話す
・吃音の自覚あり
・非常に困難な瞬間は、「話せない」などと言うことがある
↓
・第三層(症状のさらなる進展)
(吃音症状)
・回避以外の症状が出そろう
・緊張性にふるえが加わる
・語の言い換え
・吃音から脱するための工夫をたくみに使う
(認知および感情)
・発話前の予期不安あり
・吃音を隠す工夫を始める
・吃音を嫌い、恥ずかしく思う
・恐怖はない
↓
・第四層(症状の慢性化)
(吃音症状)
・回避が加わる
・吃音から脱するための工夫を行い、一見、どもっていない
・連発、伸発は減少
(認知および感情)
・吃音への恐怖あり
・話す場面を回避し、周りの人に誤解されている
・一人で吃音の悩みを抱える
以上のように、
受け手の反応や期待などのストレス、成長とともにネガティブな心理などが加わるなど、適切な対処が取られないことが積み重なると自然回復せず、「吃音(どもり)」という悩みが完成します。
つまり、吃音(どもり)はその初発の原因は不明ですが、症状の進展は明らかに環境や心理などが影響して形成されていくものであることがわかります。
・吃音(どもり)を構成する要素
・「CALMSモデル」
「CALMSモデル」といいますが、吃音(どもり)を構成する要素をまとめたものです。
Cognitive:知識面
Affective:心理/感情面
Linguistic:言語面
Motor:口腔運動能力
Social:社会性
・「吃音問題の立方体モデル」
さらにそれらをジョンソンの「吃音問題の立方体モデル」に当てはめると
X軸(吃音の程度:Motor:口腔運動能力、Linguistic:言語面)
Y軸(聞き手の反応:Social:社会性)
Z軸(話し手の心理的反応:Cognitive:知識面、Affective:心理/感情面)
となります。※アルファベットはCALMSモデルの頭文字です。
X軸が発達の過程で発症し、Y軸、Z軸が進展し「悩み」の立方体が膨らんでいくというイメージです。X軸は言語的な体質ですが、そうした素因があっても、環境(聞き手の反応)、心理(話し手の心理的反応)が適切であれば「問題」とはならなくなります。
吃音(どもり)はいわゆる言語障害ではないと言われています。もし、言語障害でしたら独り言の時など、言語環境が良い時でもどもるはずだからです。
吃音(どもり)という悩みの解決は、その悩みの形成のプロセスを巻き戻すように取り組んでいきます。まず、このことを知ることが大切です。
2.内的環境によって生じる「吃音(どもり)」~心身症としての吃音
吃音(どもり)という症状の特殊性ばかりに目を奪われてしまいますが、実はイップスなど精神が影響して身体が思うように動かなくなることは決して珍しくありません。イップスは、ゴルファーやテニスプレーヤーがプレッシャーから自分の動作に意識を向けすぎることで思うように腕などが動かなくなることです。
この際も、もちろん遺伝子や脳・神経の働きを確認すれば何か普通とは異なる要素を見つけることができるでしょうが、発症の経緯を見れば心理的な影響が大きいことは明らかです。
吃音は耳鼻咽喉科や小児科の担当領域として、言語障害や行動障害という観点から捉えようとすることが多く心身相関の観点は薄いものでした。しかし、心身症として捉える立場も古くからあります。心身症とは、「身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与。器質的ないし機能的障害がみとめられる病態をいう」とされています。
身体に与える心理の影響について面白いエッセイがありますので引用させていただきます。
「ムカデの自意識」(田坂広志『自分であり続けるために』より)
「百足」と書いて、「ムカデ」と読む。この不思議な虫の、苦難の物語です。
ある暑い夏の日、ムカデが一生懸命に歩いていました。
すると、通りかかったアリが言いました。ムカデさん、凄いですね。
百本もの足を、絡み合うことなく、
乱れることもなく、整然と動かして歩くなんて、
さすがですね。その誉め言葉を聞いて、
ムカデは、ふと考えてしまいました。なぜ、自分は、これほどうまく百本の足を動かせるのだろうか。
アリさんの言うとおり、絡み合うこともなく、乱れることもなく、
なぜ、整然と動かして、歩くことができるのだろうか。そう頭の中で考え始めた瞬間に、ムカデは、一歩も歩けなってしまいました。
先ほどまで、何の苦もなく無意識に動かしていた足を、
一歩も動かすことができなくなってしまったのです。このムカデの姿は、我々の姿に、似ています。
自意識の病。
その病によって、
我々はいつも力を発揮できなくなってしまうのです。
動けなくなったムカデの姿は吃音(どもり)と似ています。ムカデに必要なのは技能としての歩行訓練ではなく、自信を回復することだということはおわかりだろうと思います。歩行訓練をしたとしてもそれは自信を持たせるためです(このムカデをもし脳や神経の検査して正常な個体と比較すれば有意な差が出るかもしれませんが、果たしてそれが原因なのか?現象をスナップショットしたものなのか?は興味深い問題です)。吃音(どもり)も同様で自意識という内的な環境を適切なものとすることで自信を回復し、流暢性を取り戻していきます。
(自意識というのは単なる個人の意識ということではなく、内面化された環境のことです)
3.吃音(どもり)が治るとはどういう状態か?
吃音(どもり)が治る、ということについても明確な定義はありません。臨床家によっても異なります。
立場はさまざまですが、(吃音で悩んでいない)普通の人のようになること というのは共通しているのではないでしょうか?
その際に大切なことは、普通の人も言葉が乱れるなどの非流暢さはある程度持っている、ということを知ることです。吃音当事者や支援者も普通の人は乱れなく話ができている、とつい思いがちですがそんなことはありません。言葉に詰まることはあるし、乱れることもある。ただ、否定的な感情や圧力という環境にないだけです。
吃音(どもり)が治るというのは、普通の人と同じ程度の“非流暢さ”になるということであり、アナウンサーのようにスラスラと喋れるようになることではありません。自分なりの話し方で、コミュニケーションへの意欲を持って自然と無意識に話ができるようになることです。
吃音(どもり)が治るということの定義が、「完全なる流暢さ」だとしたら、その目標自体が圧力となって、吃音(どもり)を引き起こし続けさせるという悪循環になりえるのです。「吃音が治る」という目標設定をしっかりと行うことはとても大事です。
4.吃音(どもり)へのアプローチの方法
吃音(どもり)へのアプローチには、「直接法」と「間接法」とがあります。
それぞれについてご説明させていただきます。
・直接法
「直接法」とは、流暢性形成法など、言葉の乱れそのものにアプローチするものです。 直接法は、“直接”とは言いますが、あくまで対症にアプローチするもので、原因に直接アプローチするという意味ではありません。代表的なものとして流暢性形成法と緩和法、2つをあわせた統合法があります。
・流暢性形成法
DAF(遅延聴覚フィードバック装置)やメトロノーム、斉読、シャドーイングなどをもちいて、流暢な会話の確立を目指すものです。心理的感情へのアプローチは一切行いません。
・緩和法
吃音(どもり)への恐怖、回避を低減し、より自然にどもる方法を身につけようとするものです。
・統合法
ギターによって確立された方法で、流暢性形成法と緩和法をあわせて用いる方法です。
直接法は、訓練室の中では効果がありますが持続性がなく、日常生活に戻るとすぐに元に戻ってしまいます。DAFも会話では効果がないことがわかっています。
昔、吃音(どもり)で悩んでいた人たちがいくら訓練を積んでも回復しない、それどころか自尊心が傷つき、それ自体が回避行動となり、むしろ悪化したりといった歴史もあります。臨床アプローチとして疑問を持つ臨床家や吃音当事者は多いです。
目白大学の都筑澄夫先生も、当初教科書に沿った発話訓練などを行っていたが患者はちっとも良くならなかったと回顧されています。教科書を全て捨てて一から患者の実態に即した方法を考えていこうとメンタルリハーサル法(間接法の一つ)につながっていったと言われています。
事実、統合法で知られるGuitarも直接法で治るのは症状の軽い初期の吃音(どもり)のみで、受容可能な吃音(どもり)が現実的な目標、としているなど成人の吃音(どもり)では治ることを目標とはしていません。
吃音(どもり)で悩む人たちは100%の力が発揮できれば問題なく話せます。いわゆる言語障害ではないものが吃音(どもり)です。そのため、少なくとも現時点で直接法はあくまで自信を持たせるためや、さまざまな方法を行った結果どうしても改善しない方が症状を緩和させるためのものです。
九州大学病院の菊池先生も
「言語療法の効果は訓練室だけのものである」
「発話前の情動(不安・恐怖)を和らげないと、いかなる言語療法も無効である」
と述べています。
・間接法
間接法とは、吃音症状にではなく、それを支える心理症状や環境にアプローチする方法です。基本的に、吃音(どもり)に対するアプローチは間接法が基本と考えて良いと思います。
・環境調整法
吃音(どもり)を取り巻く言語環境、養育環境(成人であれば、日常や職場での環境)を整えることで、過剰とされる干渉や心理的圧力を取り除くことで内的環境を整えていくことです。
幼年期は環境依存性が高く内的環境が未成熟なため環境調整の効果は高く、一方、大人は内的環境として環境を内面化している割合が高いために心理療法などでアプローチすることが必要です。
基本的に、吃音の進展段階が一層、二層の子どもは環境調整法がメインとなります。三層、四層の場合は心理療法などと併用されることになります。成人は心理療法がメインとなります。
・遊戯療法
遊戯療法とは、言語によって気持ちを表現することができない子どもに対して遊戯を通じて情緒面の改善を図るものです。
・リッカムプログラム
オーストラリアのシドニー大学で開発された幼児向けの臨床プログラムです。主に6歳までの子どもに適応されます。オペラント学習を用いた行動療法です。家庭で、楽しく話しをする中で流暢に話ができた際に称賛や評価を返すなど流暢性を増加させていく方法です。
・メンタルリハーサル法
目白大学の都筑先生が実践されている日本独自の治療法です。生まれてきて現在まで否定的な場面を対象にうまくできている場面を描いて系統的に脱感作を行っていく方法です。また、回避行動についても行わないように指導します。イメージを描ける必要があるため、小学3年以上から成人に適応されます。
参考)→「都筑吃音相談室」
・その他心理療法:認知行動療法やブリーフセラピーなど
十分なエビデンスはまだありませんが、認知行動療法やトラウマ療法などで内面環境にアプローチする方法があります。内面環境にアプローチする、あるいは否定的に認知を修正することはまさに心理療法の領域になります。今後、本格的な適応が期待されるアプローチの一つです。
吃音(どもり)はどちらかというと、言語聴覚士などによる直接的アプローチが主とされてきたこともあってか、心理療法によるアプローチの事例は多いとはいえず、研究によるエビデンスの確立も求められています。
参考)→「吃音・どもり克服専門カウンセリング」
5.吃音治療とは基本的に環境(内的/外的)にアプローチして調和をもたらすものである
吃音(どもり)は、原因に直接アプローチできない以上、治療とは全て対症療法であり、結局環境にアプローチするということです。環境を通じた対症療法と言っても決して次善策ということではありません。
吃音(どもり)の進展段階を見てもわかりますが、最初はごく無意識的な非流暢性から始まったものが環境要因によって進展していき、「吃音(どもり)」という悩みを形成していることがわかります。
その際、外部にあった環境要因を自我の確立とともに内面化していきます。最初はなんとも思っていなかった周囲の視線や指摘を自分の中での信念として取り込んだり、自分の言語活動を自ら監視して非流暢さばかりに目を奪われたりして、徐々に言葉にとって“有害な”内的環境が完成していきます。
吃音治療とは、この段階を巻き戻すようにして、ごく正常なレベルの非流暢さ(流暢さではなく)にまで戻す、調和させるということなのです。
もし、仮に言語療法を行うにしても、あくまで流暢さへの自信をつけて内的環境を整えるために行われます。
繰り返しになりますが、100%の力が発揮できれば、重度の吃音であっても問題なく話せるわけですから、そのための環境を整えることが最も必要とさせるアプローチなのです。
6.心理療法では吃音(どもり)の悪化要因を解消していく
Van Riper という吃音臨床家が作った吃音(どもり)という問題の方程式があります。
吃音問題の大きさ=吃音の心理面の問題+恐れ+ストレス
発話の流暢体験+モラール
吃音の心理面の問題(罰、フラストレーション、罪、不安、敵意)
恐れ(どもりやすい場面への恐れ、どもりやすい言葉への恐れ)
ストレス(発話やコミュンケーションする際に感じる心理的圧力)
発話の流暢体験(多少吃音があっても話したいことが話せた体験、どもることを気にしないで発話できた体験)
モラール(吃音の不安があっても頑張って話そうとする気持ち、吃音があっても自分に課された役割をやり通そうという気持ち)
このように、吃音(どもり)がいかに気持ちや心理の影響が大きいかがわかります。
心理療法は、分子にある心理面での問題、恐れ、ストレスをさまざまな手法を用いて解消していきます。また、現在ある感情だけではなく、分母にある過去の非流暢な体験の記憶についても修正していきます。また、吃音当事者の中に潜んでいるコミュニケーションへの意欲を引き出していきます。
直接の言語療法は行いませんが、心理面での問題や感情が解消されることで、現在での流暢体験が促進されます。こうした取り組みを通じて吃音という問題を小さくしていくいきます。
7.心理療法でどの程度良くなるのか?
心理療法の効果についてのはっきりしたエビデンスはまだありません。
ただ、参考になるものとして、例えば、心理的アプローチであるメンタルリハーサル法は、2年程度トレーニングすると、3分の1が正常域まで改善、3分の1が症状が緩和とのエビデンスが上がってきています。
あくまで経験に基づくものですが、ブリーフセラピーなど他の方法でも現時点では期間は1年程度で効果の割合は同様(3分の1改善3分の1が緩和)という印象です。
他の病気との比較をしてみるとわかりやすいのですが、例えば代表的な心の病であるうつ病などは吃音と同様にまだ原因は不明とされています。
うつ病の治療の成績はどうかというと、1カ月以内が20~30%、1~3カ月以内が50%、18カ月(1年半)でも回復しないケースが15%だそうです。
時間のスパンなどを考慮すると、同じ程度か、吃音のほうがやや低いといえそうです。
別の例で、心理的な要因が考えられる身体症状である「神経性無食欲症」(摂食障害,体重が減り続けているにもかかわらずダイエットにこだわったりする症状です)ではどうでしょうか。初診後4~10年経過して、全快が4割程度、部分回復が1割、慢性化が3割強とされています。
実は精神医療や心理療法の平均からすると、吃音(どもり)だけが取り立てて“重い”ということではなさそうです。
心理療法は、症状の理解や行う側のスキルやクライアントとの信頼関係も影響します。心理療法自体も日夜新しい手法が開発されていますので、そうしたことも取り込んでさらに効果を高めていくことが期待されます。
8.心理療法は漠然と行っても効果はない
認知行動療法、催眠療法、マインドフルネス、ブリーフセラピーなどをさまざまな方法があります。ただ、漠然と行っても効果はなく、吃音(どもり)とはどういった症状で、吃音(どもり)で苦しむ人がどういった感情に苛まされているのか?について、具体的に知ったうえで行わなければ効果はありません。
例えば、催眠療法などでも悩みについて把握していなければ適切なスクリプトを作ることができませんし、認知行動療法でも修正すべき認知がどういったものかわからなければ、適切な対応もできません。
そのため、カウンセラーは、スキルだけではなく、吃音(どもり)のことについてくわしく知っている必要があります。
9.吃音治療に良いセラピスト、良くないセラピストの条件
吃音治療にとって良い支援者、そうではない支援者についても臨床家や研究者が条件を挙げています。適切な支援者を探すため、あるいはセルフケアの際の自らの姿勢についても参考になるのため、下記にあげています。
・良いセラピスト
Van Riper は良いカウンセラーの条件として3つ上げています。
・共感性
・温かさ
・誠実さ
これらは、いわゆる心理カウンセラーでも同様に挙げられる条件で、吃音支援も例外ではないということです。
・良くないセラピスト
・見かけの吃音の程度で判断したり、吃音に興味・知識がない。
・話を聞かず、目標や不足していることに注目しない。
・直接療法の技術ばかりに焦点を当て、吃音のある人の認知・感情・社交の問題を解決しない。
[Plexico et al.,2010]
吃音当事者から実際にうかがったエピソードですが、国立のリハビリテーションセンターに相談に行った際に対応した専門家が、表面的な吃音頻度だけを取り上げて「あなたがどもる頻度は発話全体の何%以下だから、吃音ではありません」と言われてその吃音当事者は非常に憤慨されたそうです。
吃音者は言いにくい言葉を言い換えれば表面的にはどもりを隠すことができるのですが、専門家でもそのことを実感として理解できない、適切な対応ができないことが決してまれではないことを示す興味深いエピソードです。
このように知識のみならず、経験、当事者への共感的な理解、カウンセリングスキルなど、さまざまなことが吃音をサポートする側には必要ということがわかります。
10.吃音(どもり)に取り組むための心構え
吃音治療とはサポートを受けながら、自らも取り組んでいくものです。
その際に必要な心構えについてまとめてみました。
1.吃音(どもり)を悪とはとらえない~吃音は身体の正常な反応でもある
まず、吃音(どもり)についてありのままに捉えることが大切です。吃音(どもり)を悪、異物として捉えていると、ちょっとどもっただけでも自分を責めたり、後悔したりしてしまいます。また、ブロック(言葉の詰まり)を力任せに突破しようとしてさらにブロックが強まる悪循環に陥ってしまいます。
どもりが発話機能のアンバランスだとすれば、異常ではなくむしろ正常な反応とも言えるのです。例えば、自分の発話を過剰に監視していれば、緊張の程度が高くなり、常に結婚式のスピーチを行っているような状態に自分を追い込んでいるということです。どもって当たり前の状況です。緊張に身体が反応して身体が発話よりも呼吸や防御を優先しようとしているのですから。
風邪で熱が出た時に「発熱」を悪と捉えるのか、正常な反応と捉えるのか、といったことに似ています。「発熱」をおさえようとすると細菌で身体がやられてしまいます。
正常な反応でどもりが生じているとわかれば、発話の監視をやめようと取り組んでみたり、相手のことや話の内容に意識を向けたりすることで、落ち着いた話し方ができ、発話のバランスを取り戻すことができます。
2.自分を責めない。そのままの自分で良い
吃音にとって一番良くないのは、自分を責めることです。吃音を増幅させてしまう元となります。
吃音(どもり)はあなたのせいではありません。あなたはどこにも異常はありません。あくまで環境などさまざまな要因の積み重ねによりアンバランスがおきているだけです。100%能力を発揮できればどもらないわけですから、自分には本来、何も問題がないことを知ることが大切です。
3.自分の状態を把握する
自分がどういう場面でどもるのか、どもったらどういう体の反応になっているのかについて否定的な環境を交えずに、客観的に捉えることが大事です。
暴露療法などでも知られていますが、客観的に問題を捉えることができれば、身体の恒常性維持機能は正常な状態に戻そうとします。しかし、否定的な感情で否認したり、ごまかしたり、“回避”してしまうといつまでたっても問題は改善することはありません。
Van Riperも下記のように述べています。
「欲求不満や罰を恐れて、回避や随伴症状をする人は、どんな治療法を持っても、生涯どもり続けるだろう。」
4.自分の内的環境を把握する
自分が吃音(どもり)に対して、あるいはどもった時にどのような感情に苛まれているのか、また話すことについてどのような信念があるのかを把握する必要があります。
例えばよくある感情としては
予期不安、恥ずかしさ、自責感、罪の意識、劣等感、悔しさ、怒り、などが挙げられます。
よくある信念としては
「間違ってはいけない」「人を待たせてはいけない」「急がなければいけない」「弱いところを人に見せてはならない」「迷惑をかけてはいけない」などが挙げられます。
内的環境を把握できればそれらを自らのものではなく、外部からとりこんだものとして客観的に捉えることができます(「外部化」といいます)。
そうすると、認知療法などを用いて不都合な信念については修正することができるようになります。認知や感情はありのままに把握できれば変えることができます。
5.コミュニケーションの本質に立ち返る
吃音(どもり)に苛まれているとつい自分が発する言葉にばかり意識が向いてしまいます。しかし、コミュニケーションとは、まず、人と関わりたい伝えたいという意思や意欲を土台として相手の様子や話をよく聞き、理解することからはじまります。その上で、その場に必要な言葉が発せられます。
相手の顔を見て、話を聞いていれば、ムクムクと話したいという欲求が湧き上がり、自然と言葉が出てくるものです。コミュニケーションは言語よりも非言語のほうがその割合が大きいとされます(言語はコミュニケーション全体の1割程度ともいわれます)。いかに意欲を持って相手に興味を持って関わるかが大切です。
一方、吃音(どもり)で悩む方は、ほぼ意識の全てを自分の発話に向けています。相手が話をしている間も次に話そうとしている自分の発言が言えるかどうかをシミュレーションしています。自分の発言内容は相手の話が終わらなければ検討することは本来できないはずです。しかし、頭の中で相手の発言を先取りし、自ら予想した次の言葉を用意しています。
そのため、相手からすると自分の話をしっかり聞いてくれずに、微妙に話の内容がずれる違和感を感じてしまうようになります。また、言いにくい言葉を回避することもしばしばです。ぎこちないコミュニケーションとなり、相手から誤解される原因です。
コミュニケーションの本質に立ち返り、人との関わりを楽しむようにすれば、自然と伝わりますし、吃音も収まっていくものです。
6.発話は無意識に預ける。発話を監視、コントロールしようとしない
子どもの頃、行進の練習を行っていて右手と右足とが一緒に出た経験はないでしょうか?これは、本来無意識に行う動作に意識が介入した結果起こることです。
発話も同様です。人間の発話というのは本来無意識が行う領域です。
発言内容は頭で考えることかもしれませんが、発話自体はコンピューターでも制御が難しい非常に高度な作業です。意識では到底追いつかず、無意識に任せるしかないものです。
本来、人間の動作は無意識に任せることで自然に動くことができます。
スキーやスノーボード、自転車などでも、身体を信頼し委ねることで転ばずに進むことができます。逆に怖がって意識でなんとかしようとした途端に転んでしまいます。
発話を監視、コントロールしようとせず、身体に任せてしまうほうが発話はスムーズになります。確かに最初は怖いかもしれませんが、発話は身体に任せてしまうことが大切です。
7.”言葉の完璧人間”を目指さない。自分らしい流暢さ(非流暢さ)でよい
吃音克服のゴールは、自分らしい流暢さ(非流暢さ)に戻るということです。人間は、ゆっくり話をする人もいれば、マシンガンのように話をする人もいます。発話のペースは人それぞれ異なります。本来ゆっくり話す人が、ペースの早い話し方を「正常だ」として取り組んでもそこにたどり着くことはできません。
話というのはアナウンサーでもトレーニングをしないと流暢には話せない、本来は難しいものなのです。ありもしない”言葉の完璧人間”を目指してしまうといつまでたってもたどり着くことはできません。
周囲からの期待、要求に合わせて話すのではなく、いつも自分のペースで自然と無意識に話をすることが大切です。
8.緊張することは悪ではない。緊張はどもりとつながるものでもない
吃音(どもり)で悩む方は、緊張する場面を恐れる傾向があります。緊張すればどもるリスクは高まるからです。そのため、緊張を避けようとして、結果余計に緊張するという悪循環に陥ってしまいがちです。
緊張というのは、そもそもは重要な場面で、血液を循環させ身体の機能を上げようとする身体の動きで、それ自体は悪いものではありません。また、緊張すればすなわちどもるということでもありません。
緊張しても良いのだと知り、緊張した時ほど話の中身に意識を向け、どもりと結びつけないようにしましょう。
9.インターネット等で販売されている高額な商材や機器は必要ない
残念ながら、インターネット等で「吃音を治す」とうたう高額な商材や機器が販売されています。心配する気持ちやコンプレックスを利用した商法で効果を語るために偽名や偽の肩書を用いて架空の体験談を作文して宣伝しているものもあります。
治したい一心でつい購入しようとしてしまいますが、そうしたものには手を出さないように気をつけましょう。
九州大学の菊池先生も「吃音をこの方法で改善できる、という通信販売がたくさんありますが、私がおすすめする教材はないですし、吃音を改善するエビデンスの確立された方法がありません」と述べています(菊池良和「エビデンスに基づいた吃音支援入門」(学苑社)など)。
下記のサイトでも注意を促されています。
「お金だけでなく、健康までも損なう高額インチキ医療・美容マニュアルにご用心」
10.自らのスタイルで自分の人生を楽しみながら取り組む
吃音(どもり)への取り組みをめぐってさまざまな立場があります。
「さあ、どもりを治そう。治さないでいるあなたは良くない」といったメッセージはある人にとっては押し付けがましいものでしょう。逆に、吃音(どもり)を持ったまま生きることを望まない人、どうしても治したい人もいます。個人の思いこそが尊重されるべきです。自分のペースで良いのです。
どもりを個性としてそのままで生きていくことももちろんできます。治すことだけが選択肢ではないかもしれません。一方で実際の取組みでよくなる人がいることも事実です。積極的に治そうと取り組む方もいらっしゃいます。(特に子どもの場合は環境を整えながら回復を図ることを第一選択としてください。)
いずれにしても一番良くないのは、吃音にとらわれ支配されてしまうことです。自分が人生の主役として日々の生活を楽しむことが何より大切ではないでしょうか。
まだまだ未解明ですが、吃音(どもり)にもひょっとしたらさまざまなタイプがあり、治りやすい吃音、治りにくい吃音というのもあるかもしれません。いくつかの研究でサブタイプの存在が示唆されています。タイプが違えばアプローチも異なるでしょう。
逆に、結局は一つのタイプの心身症であることがわかり、環境調整や内的環境へのアプローチが洗練されることによって全ての人を解決に導くことができるのかもしれません。
研究はどんどん進んでいますからあまり決めつけずに、自分の人生の生き方、スタイルに沿った吃音(どもり)への取り組みをなさることが一番良いのではないでしょうか。
吃音(どもり)は原因がわからない、現時点では治らない人もいる、と聞くと否定的な気持ちにどうしてもとらわれてしまいます。しかし、もし吃音(どもり)を克服したいと思うのでしたらサポートしてくれる専門家も、決して多くはありませんが、存在します。ぜひ希望を持って取り組んでいただければと思います。
→吃音(どもり)について関連する記事はこちらをご参考ください
▶「吃音(どもり)とは何か?その原因と症状を当事者でもある専門家が解説」
→当センターの吃音(どもり)専門カウンセリングはこちらをご覧ください
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(参考・出典)
小林宏明・川合紀宗「吃音・流暢性障害のある子どもの理解と支援」(学苑社)
バリー・ギター「吃音の基礎と臨床」(学苑社)
都筑澄夫編著「改訂 吃音 言語聴覚療法シリーズ13」(建帛社)
都筑澄夫「吃音は治せる」(マキノ出版)
都筑澄夫編著「間接法による吃音訓練」(三輪書店)
菊池良和「吃音のリスクマネジメント」(学苑社)
菊池良和「エビデンスに基づいた吃音支援入門」(学苑社)
菊池良和「吃音のことがよく分かる本」(講談社)
マルコム・フレーザー「ことばの自己療法」
飯高京子、若葉陽子、長崎勤編「吃音の診断と指導」(学苑社)
など